第3話 レンズの先

文字数 920文字

 美羽は走り幅跳びの選手だった。一年の春に県大会の記録を塗り替えて脅威の新人と噂されたが、僕にとっての脅威は陸上競技の記録よりも彼女のその美しい容姿だった。

 入学式を終えたばかりの四月、彼女が周囲を驚かすより遙か前に僕は望遠レンズでその姿を捉えていた。十五歳とは思えない長い手足と均整の取れた筋肉。そして端正な目鼻立ち。その名の通り美しく羽ばたく鳥のように跳躍する美羽の姿の虜になった。そうやって撮り続けるうちに、さすがに黙って撮影していることに気が引けた僕は、本人の許可を取るため思い切って声を掛けた。

「岡崎さん」
「はい?」
「三年で元写真部の山之内です」
「あぁ、いつも私のことを隠し撮りしてる先輩?」
「隠し撮り、じゃないけど……」
「陸上の先輩から、ストーカーみたいにずっとカメラで狙ってるから、気をつけたほうが良いって」
「そんな風に思われてたんだ」
「そんな風じゃなければ、どんな風なんですか?」彼女は少し険しい口調で続けた。「って言うか、私に声をかけた理由は? 見た目だけで一方的に好きになられたり告白されるの……正直、私苦手なんです」
「好きとか告白とかそんなんじゃない。隠し撮りのつもりはなかったし、ちゃんと撮らせて欲しいと思って許可を……」言葉が上手く見つからなかった。「君の躍動する姿はホントに絵になるんだ」
 美羽はしばらく俯いていたが、顔を上げると強い眼差しを真っ直ぐこちらに向けた。互いに見つめ合う形になったが、ドキドキしながらも僕は視線を逸らさなかった。長い沈黙の後、美羽はやっと相好を崩した。
「わかりました」
「いいの?」
「目を逸らしたら断ろうと思ったけど、本気で言ってるってわかったから」
「ありがとう」
「私からもお願いがあります」
「なんでも……」と言いかけて言葉に詰まった。
「私の……専属カメラマンになってください」
「そんなことなら喜んで」
 僕が心の中でガッツポーズしたことに彼女は気づいただろうか?
「でも、先輩は受験とか大丈夫なんですか?」
「一応指定校推薦になると思うけど、写真専門の大学だから一般受験でも合格判定Aだしね」
「写真家になるんですね」

 その春からの僅かな間だったが、僕が構えるレンズの先にはいつも美羽がいた。
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