記録係

文字数 8,731文字

一方その頃……。
リヴ

「……あら? リディアはどこに行ったの?」

ルシエル

「ああ、そういえば信乃と琴子と……ジュリエットもいないわ」

千影

「え? あれ……いつの間に。

 お菓子に夢中になっていて気づきませんでした」

世にも珍しい『シュークリームが生る木』の前で、三人はふと周りを見回した。
遠足中はグループで行動することになっているが、いつの間に離れてしまったらしい。
ローズ

「リディアなら、向こうの湖にいたのを飛んでいる途中で見たわ。

 ジュリエット達も一緒だった」

三人の頭上から声が降ってきたかと思うと、その主が木の向こう側からひょっこり姿を現した。
他の場所で収穫していたらしく、両腕からこぼれそうなほどのキャラメルを抱えてふわふわと浮いている。
リヴ

「ぎゃ!? ……ああ、ローズか。

 その姿、まだ慣れないわ……」

ルシエル

「わあ、空を飛べるなんて便利ね」

千影

「でも、誰かに見られませんでしたか?」

ローズ

「大丈夫よ、この森は街から離れているし、他の学園生はお菓子に夢中だし……。

 それにこの世界には“妖精”がいるらしいから、もし見られても妖精だと言い張るわ」

リヴ

「妖精が、そんな悪魔みたいな見た目のわけないでしょう」

ローズ

「失礼ね、悪魔じゃなくて魔族よ」

ルシエル

「妖精って……、悪戯好きで、人間に害をなす可能性がある存在だから注意をするように、と先生が言っていたわね」

千影

「名前の感じから式神のような存在かと思っていましたけど、彼らのように友好的ではないのですね。

 街の方々も恐れているようでしたし……。あとウェンディさんも、とにかく感覚が人間と違うから私達は近づかない方がいいと言っていました」

リヴ

「あー、それなんだけど……。

 もしかして、あれ?」

リヴが指を差した先、少し離れた木の幹に複数の人影があった。
姿形は人間のそれと変わらない。

だが足先が地を離れ、宙に浮いている彼らが人間でないことは明らかだった。

興味津々といった様子で4人のことを観察している……と同時に、見つかることを怖れているかのように身のほとんどを木に隠している。
リヴ達が目を向けると、彼らは悲鳴を上げ、慌てふためいてより遠くへ逃げていった。

かと思いきや、姿が見えるギリギリのところでまた同じように怖々とこちらを伺っている。

リヴ

「…………」

ルシエル

「……危険そうに見えないわ」

千影

「おかしいですね。

 悪戯してくるどころか、なんだか避けられているような……」

ローズ

「怖がられていない?」

リヴ

「ローズを怖がっているというならわかるわね。

 でもあなたが来る前からあんな感じよ。私やルシエルや千影の何を怖がると言うのよ」

ローズ

「うーん……。

 でも、妖精って色々と勘が鋭そうだし」

千影

「?」

ローズは、何でもない、と首を振った。
ローズ

「そろそろ時間かしら?

 遠足のしおりによると、お菓子狩りの次は……海軍施設見学?

 人間の軍隊か。興味あるかも」

言いながら地上へ降り、収穫したキャラメルをバスケットへ入れる。

バスケットの中は、同じように木に生っていたお菓子でいっぱいだ。

リヴ

「あ、そうね……。

 リディア達、呼んできた方がいいのかしら。湖だと言っていたわね?」

千影

「たしか湖には、人魚がいるんですよね。

 ええっと、人魚はどういった種族なんでしょうか……」

ルシエル

「何かあってもジュリエット達がついているから、身の安全は大丈夫だと思うけれど。

 ……ってこの島、メルヘンチックなわりに危ないわね……」

ローズ

「そうね……人間には少し刺激が強いかも。

 ウェンディはここの出身なんだっけ?」

リヴ

「出身、とは言っていなかったわ。

 家族が滞在していて、知人が何人かいる……とか何とか」

ルシエル

「意外よね……ウェンディとこの島って、あまり結びつかないかも。

 彼女、武術の心得はないみたいだし。危険じゃないのかしら?」

千影

「それに、この島……。

 ウェンディさんの主義と真反対のような……」

自分のバスケットの中身を確認しながら、千影は困惑気味に言う。
シュークリームにクッキー、ドロップにチョコレート……。

他に、保存に困りそうだったためバスケットでなくその場で胃袋へおさめたアイスクリームもあった。

これら全て、この数時間の『収穫』の成果だ。
童話に出てくるお菓子の家がお菓子でできた家なら、この『お菓子な島』はその名の通りお菓子で出来た島だった。
森の中にいるのに、緑の匂いよりも甘ったるい砂糖の香りの方が強い。

空に浮かぶ雲ですら綿菓子でできていそうな世界だ。

それに対してーー。
ローズ

「彼女、ダイエットのためとかで絶対にお菓子を食べないものね……。

 そんな必要なさそうに見えるのに」

リヴ

「言っちゃなんだけど、相当な頑固よね」

わずか一ヶ月半の付き合いの1年生ですら知っている、ウェンディの絶対的モットーだ。
ルシエル

「この島にいて、お菓子を食べずに過ごすなんてすごい精神力だわ」

千影

「もし私がここに住んでいたら、絶対に太ってしまいます……」

ローズ

「ウェンディといえば。

 3年生の遠足って、結局どこへ行くことになったのかしら?」

リヴ

「ああ……リディアの世界へ行くはずだったのよね、本来は」

ルシエル

「え、何かあったの?」

千影

「それが、色々あって行き先が変更になってしまったんです。

 たしかアリシアさんが何とかすると仰って……どうなったのかしら」

ローズ

「アリシアか……。

 彼女の裁量ということは、また好き放題やっているんでしょうね」

リヴ

「アイリーンがそれを助長して、ウェンディが頭を抱える……。

 いつものパターンよ」

ルシエル

「生徒会ってそんな感じなんだ……」

入部わずか一ヶ月半の生徒会メンバーですら知っている、生徒会幹部の日常だ。
ルシエル

「大変なのね、ウェンディ……」

..............................
..............................
..............................
ウェンディ

「……………………」

アイリーン

「…………。

 大丈夫? ウェンディ」

ウェンディ

「…………。平気よ。

 妖精に騙されて身ひとつでフリーフォールするのに比べればこの程度、何てことないわ。

 ジェットコースターには、シートもベルトも、レールだってあるもの。至れり尽くせりだわ」

エリカ

「どうやら大丈夫じゃないみたいね。

 お水、もらってくるわ」

エリカが、空になっていたコップを手にカウンターへ向かった。
時刻は昼過ぎ。

昼ご飯のタイミングは若干逸しているものの、アトラクションに並んだりパレードを見たりしているうちに通常より遅めのランチとなる客も多いのか、店内はそれなりに混雑している。

ウェンディ達もその口で、園内へ入場してから今の今まで遊び倒し、走り回り、はしゃぎまくり、騒ぎ疲れたのちに、ようやくこのレストランへ落ち着いたのだった。
もっとも、ウェンディは「遠足中はグループで団体行動すべき」という規則に従っただけで、その行程に積極的だったわけではない。
ウェンディ

(疲れた……。

 ……まったく、何回ジェットコースターに乗れば気が済むのよ)

遊園地という行き先はアリシアが独断で決めた(知っていれば絶対に止めた)ものだったが、彼女自身はあまり遊園地に関する知識を持ち合わせていなかった。

最初にジェットコースターに乗ろう、と言い出したのは意外にもアリスだった。
遊園地の定番だと言うし、ウェンディも最初の1回はそれなりに楽しんだのだが……。
それをアリシアが「ドラゴンに乗っているみたい(?)で楽しい!」と気に入り、アリスにも可愛らしい顔で「もう一回乗ってもいい?」とお願いされ、皆がいいならと承諾して二回目へ。
それが終わるともう一回、またもう一回と続き、別のジェットコースターでももう一回、もう一回。

間に休憩(?)と称してティーカップコースターを挟み、また次のジェットコースターへ、そこでももう一回、またもう一回……。

初めにダウンしたのが、ウェンディだったというわけだ。
ウェンディ

「アリスの裏切り者……」

アイリーン

「……ええ、それは私も予想外だった。

 彼女はどちらかといえば、こういう騒がしい場所は苦手かと思っていたわ」

ウェンディ

「苦手どころか、あの子が一番悪乗りしていなかった!?

 ……うっ」

ティーカップコースターの遠心力を思い出し、ウェンディは口元を押さえた。
ウェンディ

(「きゃーーー!!」とか叫びながらティーカップを回しまくっていたのもアリスだし……。

 アリシア達の乗っていた方は、そんなに回っていなかったわよね?)

アリスと同じカップに乗ってしまったのが運の尽きだった。

ジェットコースターで既に酔っていた所に止めを刺された形だ。

(あのシエラでさえ、ウェンディ達と同じカップにいた時は少し気分が悪そうに見えた。)

その後しばらくは意地で平静を装っていたのだが、見兼ねたアイリーンによって別行動を取らされることになり、今に至る。
……ちなみにアリスとアリシア、一応護衛にとついて行ったシエラ、強制参加のルークは今も別のアトラクションに並んでいるはずだ。
ウェンディ

(本来はグループで行動しなければならないのに……はあ)

アリス達が元気すぎるとはいえ、自分が原因で規則を破ってしまっているこの現状は非常に情けない。
アイリーン

「しかしまあ、アリシアもあの格好でよくやるわよね……。

 最初は恥ずかしがっていたけれど、途中から気にならなくなったみたい」

思い出したのか、アイリーンは苦笑した。
ウェンディ

「ああ……あの罰ゲームの妖精の格好。

 周りにも似たような衣装の人がいるものね」

アイリーン

「ん? ああ、あの緑色の服って妖精だったんだ?

 アリシアもわかってなさそうだったけど」

ウェンディ

「ええ、おそらく」

ウェンディ

(悪戯好きなところは似ているわね……。

 いえ、アリシアは生命に危険が及ぶ悪戯はしないか)

一瞬、彼女とアリシアが出会ったら……という妄想をしたが、すぐに打ち消した。

……ろくなことになりそうもない。

ウェンディ

(そういえば、1年生は無事にあの島へ着いたのかしら。

 ……知り合いに遭遇していないといいのだけど)

ウェンディ

「そう言うアイリーンだって遊園地は初めてなんでしょう?

 私はひとりで大丈夫だから、アリシア達とアトラクションに乗ってきていいのよ」

アイリーン

「ありがとう。でもどんな所かはだいたい分かったから、もう満足よ。

 あなたについているわ」

ウェンディ

「アイリーン……。悪いわね」

アイリーン

「それにしても、一滴も血を流さず、賭けもせずに、ジェットコースターでスリルを楽しむってすごい発想よね。

 それに丸腰で無防備な人がこれだけ大勢いるのに、スリも誘拐も強盗もないなんて素晴らしいわ。

 やっぱり普通っていいわね」

ウェンディ

「? そうね……?」

エリカ

「お待ち遠様。混んでいて時間がかかったわ」

エリカが戻ってきて、三人分の紙コップが載ったトレーをテーブルへ置いた。
ウェンディ

「ありがとう、エリカ」

エリカ

「いいえ。

 通りすがりに料理が見えたけど、色々種類があっておいしそうだったわ。

 レストランの内装もそうだけど、見た目が凝っていて。

 何か共通したモチーフがあるみたい」

アイリーン

「ああ、そういえばやたらと赤が強調されたデザインね。

 赤というと……血かしら。暗殺者のキャラクターがモチーフとか」

エリカ

「嫌よ、そんな血塗られたレストラン」

ウェンディ

「ふふ……。他のみんなが来たら、ご飯にしましょう。

 ここで待ち合わせ、って言ってあるのよね?」

ウェンディがアリシア達から離脱した際、エリカとアリスが何か話していたように思う。

しかし最も気分の悪い時だったため、もはや会話内容はほとんど耳に入っていなかった。

エリカ

「ええ。最後に乗っていたアトラクションをあと二周したら合流すると言っていたわ」

ウェンディ

「げ、元気ね……」

アイリーン

「……ん? 何かしら」

ふと、アイリーンが何かに気づいたように、パッとテーブルの下をのぞき込んだ。
つられてウェンディも目線を下へ向けると、彼女の足下に小さなメッセージカードが落ちている。
ウェンディ

「落とし物?」

アイリーン

「いえ……。

 店の入り口からここまで、低いところをすーっと飛んできて、私の足に当たって落ちたの。

 不自然な軌道を描いて、ね」

そう言って、アイリーンはカードを拾い上げた。

そして「やっぱり」という顔をする。

アイリーン

「アリシア達の字だわ。

 以前、こういうマジックアイテムがあって、授業中の手紙のやり取りに使えると言っていたのよ」

ウェンディ

「え、マジックアイテム?

 アリシアがここまでそれを飛ばしてきたの? 誰かに見られていたらどうするのよ……」

アイリーン

「平気よ、この混雑だもの」

エリカ

「それで、何が書いてあるの?」

どれどれ、とウェンディとエリカがアイリーンの手元をのぞきこんだ。
ウェンディ

「なになに……。

 『あと1回乗ったあと寄り道するから30分ほどかかる?』」

エリカ

「それはシエラの字ね。その隣の、これ何て書いてあるのかしら。

 『……スにウサ耳の……ーシャを……から楽し……』

 ……上から消してあって読めないわ」

アイリーン

「その下の解説がルークかしら。

 『アリシアが全員にグッズの髪飾りをつけさせようとして揉めている』って」

エリカ

「なるほど、だいたい察し……。

 えっ? 全員って、全員?」

ウェンディ

「……はあ。

 でしょうね」

どうやら、七人分のカチューシャを買って戻ってくるつもりらしい。
ウェンディ

(アリシアのチョイスか……すっごく不安だわ。

 なんか普通の、無難なアクセサリーっぽいものならいいけど)

アイリーン

「誰か書くものを持っている?

 たぶん返信できるわよ。前にそう言っていたから」

ウェンディ

「ええ、あるけど。

 ……『考え直して』と書いても無駄かしら」

エリカ

「……あ、そうだ。

 詳しい合流場所を書いておいた方がいいかもしれない。

 先刻は、園内マップ上でしか場所を指定しなかったから」

アイリーン

「ああ、そうね。

 えーと、『赤いハートと薔薇が装飾されたレストラン』……と」

アリシア達四人からのメッセージが書かれていたそのカードは、ウェンディ達三人が内容を読み終えると同時に不思議と白紙へ戻っていた。
そこに返事を書き込んだアイリーンは、カードを持った手をさり気なくテーブルの下に入れ、勢いよく横に投げ飛ばした。
カードは始め流れるように飛ばされた方向へ落ちていったが、地に着くか着かないかという所で不自然に滑空し、やがて視界から消えた。
ウェンディ

(……あれ、本当に誰にも見られていないのかしら)

アイリーン

「……さて、あと30分か。このまま待つ?

 もしウェンディの体調が良さそうなら、近くのお店を見てもいいけど」

ウェンディ

「あ、ごめんなさい。

 体調はだいぶ良くなったけど、私ここでやりたいことがあるから。

 もし良かったら、エリカと二人で行ってきて」

そう言って、ウェンディは先刻筆記用具を取り出した鞄をごそごそと漁った。
学校行事の遠足ということで皆、普段と同じ通学鞄を提げて来ている。

教科書やノートは入っておらず、通常授業時よりも軽いはずの鞄は、にも関わらずウェンディの膝の上でそれなりの重みを持っていた。

エリカ

「えっ? やることって……ここで?」

ウェンディ

「ええ、ここで」

アイリーン

「……なんか、嫌な予感がしてきたわ」

ウェンディ

(……あ、あった)

几帳面に整頓された書類の中から目当てのものを探り当てるのに、そう時間はかからない。

ウェンディはそれをテーブルの上へ出した。

ウェンディ

「どうせ、あとでやらなければならないんだもの。

 時間を有効に使いたいの」

エリカ

「…………ええっとそれ、レポート用紙?」

ウェンディ

「そうよ。

 もしかしたら空き時間ができるかと思って、一応持ってきたの」

ウェンディが取り出したのはレポート用紙の束が入ったファイルだった。
そのうちの一枚を抜き出し、ウェンディは先刻アイリーンに貸したペンを手に持つ。
アイリーン

「ウェンディ、嘘でしょう……。

 あなた、仕事する気なの? ここで?

 このファンシーなレストランで?」

ウェンディ

「嘘なんてつかないわ。

 アイリーンも知っているでしょう? 今の時期、生徒会がどれだけ忙しいか……」

エリカ

「ああ……体育祭とかあるものね」

ウェンディ

「正直、遠足とか行っている場合じゃないのよ」

ウェンディ

(学校行事だから仕方ないけど。

 本当はこんなところで遊ぶ暇があったら、生徒会室に置いてきた書類を少しでも片付けたい)

仕事を残しているのはウェンディだけでなく、アリシアやアイリーンも同じなのだが、この二人はああ見えて仕事が速い。
ウェンディ

(二人よりも能力が劣っている分、時間と努力で補わないと)

ウェンディ

「安心して。生徒会の書類は持ってきていないわ……無くしたら大変だもの。

 今やろうとしているのは、この遠足の報告よ。

 いずれ書かなければならないものだから、現地で済ませてしまった方が記憶が新しくて書きやすいでしょう?」

エリカ

「報告というか、実況中継的なレポートになりそうね……」

ウェンディ

「ええ、本当はいけないけど仕方ないわ。

 これは私が勝手にやることだから、あなた達は外を見てきていいわよ。私が席をとっておく。

 ここまで私に付き添ってくれた分、楽しんできて」

アイリーン

「いやいやいや!?

 こんなところであなたにだけ仕事をさせて、楽しめるわけないでしょう……!?」

ウェンディ

「そう? 困ったわね、付き合わせるのも悪いし……」

ウェンディ

(ただでさえ、アイリーンとエリカには私のせいで別行動をとらせてしまったし。

 これ以上迷惑はかけられないわ)

エリカ

「……一応、念のため、ダメ元で訊くけれど、レポート用紙を仕舞うという選択肢はない?」

ウェンディ

「ないわ」

アイリーン

「無駄よ、エリカ……。

 この頑固者」

ウェンディ

(うーん……。……あ、そうだわ)

ウェンディ

「それじゃあ、私がこの席を確保しているから、二人は何かつまめる物を買ってきてくれない?

 チュロスでもポップコーンでも何でもいいわ」

エリカ

「…………。いや、さすがに騙されないわよ。

 チュロスもポップコーンも、あなた食べないでしょう」

ウェンディ

「…………」

ウェンディ

(何かほかに、二人を上手く外へ誘導する手はないかしら)

こうしている間にも、どんどんアリシア達との合流の時間が近づき、せっかくのレポート執筆時間が短くなっていく。
ウェンディが考えあぐねていると、アイリーンが口を開いた。
アイリーン

「……いえ、エリカ。

 チュロス、買いに行きましょう」

ウェンディ

「え」

エリカ

「えっ!? い、いいけどでも……」

当然エリカは戸惑い、ウェンディとアイリーンを交互に見ている。

ウェンディも内心は同じだった。

アイリーン

「そうした方がいいのよね? ウェンディ」

ウェンディ

「え? そ、そうね……」

ウェンディ

(あ、あやしい……!)

アイリーン

「買ってくるわ、チュロス。

 あまり甘くない味の方がいいかしら?

 それか、ターキーレッグにしましょうか」

ウェンディ

「そ、そうね……」

アイリーン

「ああ、来る途中にポップコーンワゴンもあったわね。

 何味だったかしら……」

ウェンディ

「え、ええ……。

 せっかくだから、遠くに行ってきていいわよ」

アイリーン

「そう? そうしようかしら。

 ……ああ、そうね。どこかでアリシア達と合流できるかもしれないわ」

ウェンディ

「…………」

……雲行きがあやしくなってきた。
アイリーン

「髪飾り、もう買っちゃったかしらね?

 どんなのを買ったのかしら……」

ウェンディ

「…………」

アイリーン

「もし買う前だったら、リクエストを聞いてくれるかしら。

 いえ、買った後だったとしても、強~~い要望なら聞いてくれるかもしれないわ」

ウェンディ

「…………わざわざ買い直させるのは悪いわよ。やめておきましょうよ」

アイリーン

「どうせヒルデガルド公爵家のお金だもの」

エリカ

「それ、税金ーー」

アイリーン

「あー、先刻ウェンディに似合いそうなイヤーカフを見つけたのよね。

 インディアン……と言ったかしら? 赤っぽくて大きな羽根飾りが四枚ほどついているんだけど」

ウェンディ

「……それは、あなたにしては趣味が悪いわね」

アイリーン

「あれをつけたウェンディを写真に撮りたいな~。

 それでその写真を各所にばらまきたいな~」

ウェンディ

「各所って何よ、各所って」

アイリーン

「各所は各所、色んな所よ。 

 そういえば今1年生がネバーランドへ行っているのよね? アリシアのマジックアイテムで写真も届けられるかしら?

 ネバーランド中にばらまきーー」

ウェンディ

やめてちょうだい

ウェンディ

(ああ、もう、面倒くさい!)

そんな“おそろい”みたいなコーディネーションを公開されたら、それこそ各所で面倒くさいことになるのが目に見えている。
ウェンディ

(本人とかティンカーとか弟達とかティンカーとかティンカーとかティンカーとか……)

アイリーン

「嫌なら、一緒に行って良さそうな髪飾りを選びましょう。ね?」

ウェンディ

「…………。結局それが言いたいのね」

ウェンディ

(経験上、これ以上粘っても強制連行コースね……。

 ……実は生徒会で一番厄介なのって、アイリーンじゃないかしら)

エリカ

「……報告は、また今度にしましょう?

 なんなら、私がやっておくわ」

ウェンディ

「…………はあ。

 わかったわよ、後にするわ。でも自分でやるから」

そうしてレポート用紙は、再びウェンディの鞄へと戻っていった。
To be continued...
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登場人物紹介

アリシア=ヒルデガルド

・学年:3年生

・所属:生徒会 役職:会長

・寮ではアイリーンと相部屋。

アイリーン=オラサバル

・学年:3年生

・所属:生徒会 役職:副会長

・寮ではアリシアと相部屋。18~20歳。

アリス=リデル

・学年:3年生

・所属:お茶会部 役職:寮長

・寮ではウェンディと相部屋。ロゼ棟の3年生代表。

シエラ=ロザン

・学年:3年生

・所属:風紀委員会 役職:副委員長

・寮ではエリカと相部屋。18~21歳。

エリカ=フルール

・学年:3年生

・所属:お茶会部 役職:部長

・寮ではシエラと相部屋。16~18歳。

ウェンディ=ダーリング

・学年:3年生

・所属:生徒会 役職:会計 兼 副寮長

・寮ではアリスと相部屋。3年首席。一昨年度ミスコン覇者。

ルーク=ドイル

・学年:3年生

・所属:お茶会部 役職:副部長

・16~18歳。

オデット=スカーレット

・学年:2年生

・所属:お茶会部

・寮では静と相部屋。昨年度ミスコン覇者。

涼江 静(すずえ しずか)

・学年:2年生

・所属:お茶会部

・寮ではオデットと相部屋。

リーザ=ベルネット

・学年:2年生

・所属:風紀委員会

・寮ではロザリアと相部屋。

ロザリア=スカーレット

・学年:2年生

・所属:お茶会部

・寮ではリーザと相部屋。

龍田 憂(たつた うい)

・学年:2年生

・所属:生徒会 役職:書記

・寮では澄と相部屋。2年首席。

一条 栞(いちじょう しおり)

・学年:2年生

・所属:風紀委員会 役職:委員長

・寮ではエリーゼと相部屋。18歳。

黒門 澄(くろもん すみ)

・学年:2年生

・所属:風紀委員会

・寮では憂と相部屋。

エリーゼ=スカーレット

・学年:2年生

・所属:お茶会部

・寮では栞と相部屋。ロゼ棟の2年生代表。

ジュリエット=キャピュレット

・学年:1年生

・所属:風紀委員会

・寮ではローズと相部屋。

八津瀬 琴子(やつせ ことこ)

・学年:1年生

・所属:風紀委員会

・寮では信乃と相部屋。ロゼ棟の1年生代表。

犬塚 信乃(いぬづか しの)

・学年:1年生

・所属:風紀委員会

・寮では琴子と相部屋。

リヴ=トレゾア

・学年:1年生

・所属:生徒会

・寮ではリディアと相部屋。

ルシエル=イヴリース

・学年:1年生

・所属:風紀委員会

・寮では千影と相部屋。17歳。1年首席。

ローズ=ディノワール

・学年:1年生

・所属:生徒会

・寮ではジュリエットと相部屋。

リディア=グリーン

・学年:1年生

・所属:お茶会部

・寮ではリヴと相部屋。

千影(ちかげ)

・学年:1年生

・所属:生徒会

・寮ではルシエルと相部屋。

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