第3話:よど号ハイジャック事件1

文字数 2,036文字

 KCIAは急遽北朝鮮国旗を用意し、駐機中の韓国や欧米の飛行機は離陸させられ韓国企業のマークが入った車両は黄色くペンキで塗りつぶされた。15時16分、同機は管制の誘導のもと「金浦国際空港」に着陸する。韓国兵は朝鮮人民軍兵士の服装をして、「平壌到着歓迎」のプラカードを掲げるなど、犯人グループの目を欺き、韓国内で事件を解決させようと企図された。

しかし犯人グループの一人が金浦国際空港内にノースウエスト航空機などが駐機しているのを発見し異常に気づく。さらに犯人グループは機体に近づいてきた男性に「ここはピョンヤン『平壌』か?」と尋ねた。

 男性は「ピョンヤンだ」と答えたが、犯人がさらに北朝鮮における五カ年計画について質問したため、答えに窮してしまう「九カ年計画の三期目と答えた」との説もある。また、ほかの軍人に「ここはソウルか?」と尋ねたところ事情を知らないその軍人は「ソウルだ」と答えた。こうした食い違いは、当事者の少なさやその当事者の後日談による部分が多いためだと考えられる。

これを見た犯人は、畳みかけるように「キン・ニッセイ」「金日成」の「大きな」写真を持ってくるように要求したが、北朝鮮の敵国である韓国においてこの写真は当然用意することもできず、犯人グループは、偽装工作を確信する。着陸したのが金浦国際空港であることが犯人にわかってしまったあと、韓国当局は犯人グループと交渉を開始。韓国に来てしまった犯人グループは即座に離陸させるように要求した。

 しかし、韓国当局は、停止したエンジンを再始動するために必要となるスターター「補助始動機」の供与を拒否。この結果、よど号は離陸することができなくなり事態は膠着する。管制塔から「一般客を下ろせば北朝鮮に行くことを許可する」との呼びかけも行われ、犯人グループは、強硬な態度を保ったが、食料などの差し入れには応じた。

 また、31日の午後、日本航空の特別機が山村新治郎運輸政務次官ら日本政府関係者や日本航空社員を乗せて羽田空港を飛び立ち4月1日未明にソウルに到着。韓国政府の丁来赫「チョン・ネヒョク」国防部長官や白善燁「ペク・ソニョプ」交通部長官、朴璟遠「パク・キョンウォン」内務部長官とともに犯人グループへの交渉にあたることになった。

このあと、よど号の副操縦士が犯人グループの隙を見て、機内にいる犯人の数と場所、武器などを書いた紙コップをコックピットの窓から落とし、犯人のおおよその配置が判明した。韓国当局はこの情報をもとに特殊部隊による突入を行うことも検討するが、乗客の安全に不安を感じた日本政府の強い要望で断念する。日本政府は、ソビエト連邦や国際赤十字社を通じて、よど号が人質と共に北朝鮮に向かった際の保護を北朝鮮政府に要請した。

 これに対して北朝鮮当局は「人道主義に基づき、もし機体が北朝鮮国内に飛来した場合、乗員および乗客はただちに送り返す」と発表し、朝鮮赤十字会も同様の見解を示した。しかし、韓国にとって、前年に発生した大韓航空機YS-11ハイジャック事件の乗員乗客がこの時点で解放されていなかった事もあり、よど号をその二の舞として人質の解放がなされないままに北朝鮮に向わせることは、絶対に避けなければならない事であった。

 日本政府はさらに犯人グループが乗客を解放した場合には、北朝鮮行きを認めるように韓国側に強く申し入れ韓国側は最終的にこれを受け入れた。なお、よど号には日本人以外の外国籍の乗客としてアメリカ人も2人搭乗しており、北朝鮮に渡った場合、「敵国人」であるアメリカ人が日本人に比べて過酷な扱いを受ける懸念があったため、アメリカ合衆国連邦政府が善処を求めている。

 4月1日午後には橋本登美三郎運輸大臣もソウルへ向かい、金山政英駐韓特命全権大使らとともに韓国当局との調整にあたった。数日間の交渉を経た4月3日に山村新治郎運輸政務次官が乗客の身代わりとして人質になる事で犯人グループと合意。犯人グループの1人である田中義三と山村が入れ替わる形で乗り込む間に乗客を順次解放し最終的に地上に降りていた田中と最後の乗客1人がタラップ上で入れ替わる形で解放が行われた。

 また、乗員のうち客室乗務員も機を降りることが許された。解放された人質は、日本航空の特別機のダグラスDC-8で、福岡空港に帰国したが、この際にアメリカ人乗客1人が、日本に戻らず韓国にそのまま降りている。なお犯人側から山村政務次官の身元について日本社会党の阿部助哉衆議院議員に証明を行ってほしい旨の依頼があった。

 そこで成田知巳、日本社会党委員長や沢田政治の同意のもと4月2日に阿部議員がソウルに渡り、「山村政務次官」が本人である事を証言した。このときの情勢について、佐藤栄作首相は「国民も各方面でいらいらし、韓国も嫌な北鮮ではあるが、暴力学生相手に約百名の乗客の生命を守るためには北上やむなしと言う気持ち。関係者は、ずい分苦労した様子」と日記に書いた。
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