4-2 コレタマ部
文字数 3,631文字
月曜日の学校は、まだ調子が上がらない者とリフレッシュ済みで元気な者が半々の不思議な空間だ。
永 と蕾生 は今週に限っては前者で、昨日の鈴心 とのやり取りを経ていたため疲れが少し残っている。
だが、星弥 の方は優等生らしく月曜日から溌剌としていた。そんな星弥から昼休み、ある提案がされた。
「ねえねえ、三人でクラブ作らない?」
「うん?」
昼食後、中庭に集められた永と蕾生は桜の木に寄りかかって欠伸を噛み殺しながら聞いていたが、星弥の突然の提案に困惑した。
「なんだよ、藪から棒に」
蕾生が聞き返すと星弥は少し興奮した面持ちで説明する。
「部室棟の端っこに狭すぎてどの部も使ってない部屋がひとつあるんだって。でも同好会レベルなら広さは十分だよ」
「へー」
明らかに永の反応はそれに興味がないことを表している。それでも星弥は続けた。
「それをね、わたしがクラブを設立するなら使ってもいいって先生が言ってるの!」
「はいはい、エコ贔屓」
右から左へ受け流す永の態度に、星弥は少し苛ついたように眉毛だけ吊り上げて言う。
「二人はもうウチに来ない方がいいよ」
会話の方向転換が急角度過ぎて、蕾生は思考を繋げることが即座にはできなかった。
「──なんか兄貴から言われた?」
永の方は敏感に察しており、それまで眠そうだった顔を突然真面目にして星弥に向き直る。
二人の態度に溜息を吐きながら星弥は言った。
「直接はないけど。多分兄さんには気づかれてると思う」
「ま、そりゃそうか。二週続けて大騒ぎしたしねえ」
永は蕾生が感じているよりも落ち着いていた。その覚悟はすでにあったのだろう。
「すずちゃんが言うように、わたし達の行動くらい筒抜けだと思うの。昨日突然兄さんが戻ったのもタイミングが良すぎて……」
「そう言われると確かに」
ようやく蕾生にも話の方向がわかってくる。
「だからね、兄さんやお祖父様の目の届かない場所がこれからは必要だと思うの」
「──あ、そういうこと?」
そこまで聞いてやっと永は膝を打つ。
「そのための部活か」
蕾生もそれに続くと、星弥は眉を顰めて愚痴るように言った。
「そうだよ、察しが悪いよ。単純にクラブ作りたいだけなら誘わないよ」
「あ、ひどい言い方!」
永がわざとショックを受けた様な反応をしたが、蕾生は冷静に納得する。
「それもそうだな」
「ライくん、それでいいの!?」
また永がお得意のワチャワチャをし出す前に星弥が言い放つ。
「で、どうするの?作るの作らないの?」
「もちろん作りますとも、銀騎 サマ!」
永は完全降伏の意で大袈裟に頭を下げた。
「何部にするんだ?」
蕾生が聞けば、星弥はうーんと空を見上げながら呟く。
「そうだね……、先生に受けが良くて、それでいて他の生徒は微妙に入りたくないクラブ、かな?」
「なんだよそれ、そんなもんあんのか?」
「だよねえ。部員募集しなければいいんだけど、それも角が立つし──」
二人で悩んでいると、横から永があっさりと答える。
「そんなの簡単だよ」
「ええ?」
星弥が目を丸くして聞き返すと、永は得意気に人差し指を立てて言った。
「名付けて「これからの地球環境を考える」部!活動内容は主に環境問題の研究と校内ボランティア──清掃したり、ちょっとしたお手伝いしたり」
付け足した内容は誰かの普段の行動を連想させた。
「げ。絶対入らねえ」
蕾生が嫌そうに言うと、星弥はにっこりと微笑みながら怒る。
「二人とも、わたしをいじってるんだね?」
「まあまあ、そのおかげでいい思いしてるんじゃない。よっ、部長!」
永が茶化すと星弥は白けた顔をして言った。
「何言ってるの、部長は周防 くんでしょ」
「え!なんで!」
「わたしが部長までやったら、先生との癒着がバレるもん」
ついに認めた、と蕾生は開いた口が塞がらなかった。
永の方は抵抗しても意味がないと悟り、すんなり承諾する。
「ハイハイ、わかりましたよ、銀騎サマ。じゃあ、先生とナシつけといてね」
「うん。じゃあ、放課後部室棟に集合ね」
「もう今日からできるのか?」
蕾生が尋ねると、星弥は立ち上がってブイサインを掲げる。
「銀騎サマに任せなさーい!」
勢いよくそう言いながら、星弥は小走りに駆け出し校舎の中に消える。
月曜から行動力があるな、と蕾生はその姿を感心しながら見送った。
永がまたひとつ欠伸をしたところで予鈴のチャイムが鳴った。
放課後、永と蕾生が体育館横の部室棟の前で待っていると、星弥が息を切らせてやってきた。
「ごめんね、お待たせ」
「──首尾はどうだった?」
永が尋ねると、鍵を目の前にぶら下げてにっこりと笑う星弥は勝ち誇った金メダリストの様だった。
「もちろん大成功!はい、これが部室の鍵。部長が責任持って預かるようにって」
「さっすが銀騎サマ!」
わざとらしく誉めそやした後、永はその鍵を受け取り、角部屋の扉を開ける。
中に入ると机と椅子が粗雑に置いてあり埃っぽかった。三人は窓を開けて軽く掃除をした後、机と椅子を四つ、班を組む時のように向かい合わせで並べた。
「うん、こんなもんかな」
パンパンと両手の埃を払いながら星弥が満足そうに部室を見回した。
「じゃあ、まずは祝杯をあげよう」
「──ん」
永の号令に、蕾生は来る前に自動販売機で買ったパック牛乳を配る。星弥はそれを受け取って弾んだ声を出した。
「わあ、用意がいいね」
三人はそれで乾杯をした後、各々席につく。すると永が仰々しい口調で切り出した。
「では、コレタマ部の活動を始めます!」
「コレタマ?」
星弥が首を傾げると、待ってましたと言わんばかりに永が説明した。
「これからの地球環境を考える──略してコレタマ部ね」
「……」
星弥が無反応なので蕾生は渋々捕捉してやった。
「あれからずっとそのあだ名考えてたんだと」
蕾生が目撃したのは午後の授業中、永がノートのはじに何かを書いては頭を捻っていた姿だ。
授業が終わる頃、やっといくつか書いた単語の中のひとつに花丸をグリグリと書いた様を後ろから見ていた蕾生は何とも言えない気持ちになった。
「そうなんだ、か、可愛いと思うよ」
「まあ、俺はなんでもいい」
どもりながら目を逸らす星弥と無関心の蕾生。
二人の否定的な反応にもめげずに永は続けた。
「ふ、ヒラ部員は黙らっしゃい。ンン、初日の今日はとても重大な議題があります」
咳払いで空気感を変え、神妙な面持ちで言えば、つられて二人も固唾を呑んで永の言葉を待つ。
「リンをこの場にどうやって呼ぶのか?──であります」
改まったわりに想像の域を出なかった議題に、蕾生も星弥も緊張を解いて唸った。
「あー、それな」
「そうなんだよねえ……」
「一番簡単なのはリモート参加だけど、銀騎家の携帯電話やパソコンは無理でしょ?」
永がそう言うと、星弥も即座に頷く。
「だねえ。電波を傍受されてたら、クラブ作った意味がなくなっちゃう」
「鈴心はこの時間だと何やってるんだ?」
続いて蕾生が質問すると、星弥は小首を傾げながら答えた。
「うーんと、多いのは勉強かな。兄さんが毎日パソコンに課題を送ってくるから、それをやってると思う。ここ数年は研究で忙しくてマンツーマン授業ができなくなったんだよね」
それを聞いた永が前のめりになって尋ねる。
「ふうん。じゃあ、以前よりもリンは自由なんだ?」
「そうだね、活動範囲は自宅と研究所だけなんだけど、好きな時に勉強したり、読書したりしてるみたいだよ。研究所も顔パスでどこでも入れるし」
「それは普通に軟禁状態だろ」
「まあ……」
蕾生の冷ややかな指摘に星弥は苦い顔をしてみせた。
「ふむ。やっぱり研究所の敷地より外には出られない感じ?」
永が問うと、星弥は頷きながら答える。
「難しいと思う、お祖父様から禁止されてるし。わたしから兄さんに頼んでみることも考えたけど──」
「怪しまれるだろうな」
「うん……急にそんなこと言い出したら、ね」
蕾生の的確な言葉を肯定して、星弥は困った表情で眉を寄せた。
「せめてあそこから出られたらなー。その後こっちの学校に忍び込むくらいはリンなら簡単なんだけど」
永もぼやくけれど良い考えは浮かびそうにない。
「アナログだけど、交換日記くらいしか思いつかないかなあ」
「そうだねえ、メールやメッセージアプリは危険だから、手書きのノートでやり取りするのが一番秘密は守れる」
星弥と永のやり取りを聞いて、蕾生は少し苛立って反応した。
「──めんどくせえな、タイムラグもかなり出来るし」
「でも、それくらいしか……」
「思いつかないよねえ……」
結局この日は良いアイディアが出る事はなく、とりあえず星弥がノートを買っておくことだけが決まって散会となってしまった。
だが、
「ねえねえ、三人でクラブ作らない?」
「うん?」
昼食後、中庭に集められた永と蕾生は桜の木に寄りかかって欠伸を噛み殺しながら聞いていたが、星弥の突然の提案に困惑した。
「なんだよ、藪から棒に」
蕾生が聞き返すと星弥は少し興奮した面持ちで説明する。
「部室棟の端っこに狭すぎてどの部も使ってない部屋がひとつあるんだって。でも同好会レベルなら広さは十分だよ」
「へー」
明らかに永の反応はそれに興味がないことを表している。それでも星弥は続けた。
「それをね、わたしがクラブを設立するなら使ってもいいって先生が言ってるの!」
「はいはい、エコ贔屓」
右から左へ受け流す永の態度に、星弥は少し苛ついたように眉毛だけ吊り上げて言う。
「二人はもうウチに来ない方がいいよ」
会話の方向転換が急角度過ぎて、蕾生は思考を繋げることが即座にはできなかった。
「──なんか兄貴から言われた?」
永の方は敏感に察しており、それまで眠そうだった顔を突然真面目にして星弥に向き直る。
二人の態度に溜息を吐きながら星弥は言った。
「直接はないけど。多分兄さんには気づかれてると思う」
「ま、そりゃそうか。二週続けて大騒ぎしたしねえ」
永は蕾生が感じているよりも落ち着いていた。その覚悟はすでにあったのだろう。
「すずちゃんが言うように、わたし達の行動くらい筒抜けだと思うの。昨日突然兄さんが戻ったのもタイミングが良すぎて……」
「そう言われると確かに」
ようやく蕾生にも話の方向がわかってくる。
「だからね、兄さんやお祖父様の目の届かない場所がこれからは必要だと思うの」
「──あ、そういうこと?」
そこまで聞いてやっと永は膝を打つ。
「そのための部活か」
蕾生もそれに続くと、星弥は眉を顰めて愚痴るように言った。
「そうだよ、察しが悪いよ。単純にクラブ作りたいだけなら誘わないよ」
「あ、ひどい言い方!」
永がわざとショックを受けた様な反応をしたが、蕾生は冷静に納得する。
「それもそうだな」
「ライくん、それでいいの!?」
また永がお得意のワチャワチャをし出す前に星弥が言い放つ。
「で、どうするの?作るの作らないの?」
「もちろん作りますとも、
永は完全降伏の意で大袈裟に頭を下げた。
「何部にするんだ?」
蕾生が聞けば、星弥はうーんと空を見上げながら呟く。
「そうだね……、先生に受けが良くて、それでいて他の生徒は微妙に入りたくないクラブ、かな?」
「なんだよそれ、そんなもんあんのか?」
「だよねえ。部員募集しなければいいんだけど、それも角が立つし──」
二人で悩んでいると、横から永があっさりと答える。
「そんなの簡単だよ」
「ええ?」
星弥が目を丸くして聞き返すと、永は得意気に人差し指を立てて言った。
「名付けて「これからの地球環境を考える」部!活動内容は主に環境問題の研究と校内ボランティア──清掃したり、ちょっとしたお手伝いしたり」
付け足した内容は誰かの普段の行動を連想させた。
「げ。絶対入らねえ」
蕾生が嫌そうに言うと、星弥はにっこりと微笑みながら怒る。
「二人とも、わたしをいじってるんだね?」
「まあまあ、そのおかげでいい思いしてるんじゃない。よっ、部長!」
永が茶化すと星弥は白けた顔をして言った。
「何言ってるの、部長は
「え!なんで!」
「わたしが部長までやったら、先生との癒着がバレるもん」
ついに認めた、と蕾生は開いた口が塞がらなかった。
永の方は抵抗しても意味がないと悟り、すんなり承諾する。
「ハイハイ、わかりましたよ、銀騎サマ。じゃあ、先生とナシつけといてね」
「うん。じゃあ、放課後部室棟に集合ね」
「もう今日からできるのか?」
蕾生が尋ねると、星弥は立ち上がってブイサインを掲げる。
「銀騎サマに任せなさーい!」
勢いよくそう言いながら、星弥は小走りに駆け出し校舎の中に消える。
月曜から行動力があるな、と蕾生はその姿を感心しながら見送った。
永がまたひとつ欠伸をしたところで予鈴のチャイムが鳴った。
放課後、永と蕾生が体育館横の部室棟の前で待っていると、星弥が息を切らせてやってきた。
「ごめんね、お待たせ」
「──首尾はどうだった?」
永が尋ねると、鍵を目の前にぶら下げてにっこりと笑う星弥は勝ち誇った金メダリストの様だった。
「もちろん大成功!はい、これが部室の鍵。部長が責任持って預かるようにって」
「さっすが銀騎サマ!」
わざとらしく誉めそやした後、永はその鍵を受け取り、角部屋の扉を開ける。
中に入ると机と椅子が粗雑に置いてあり埃っぽかった。三人は窓を開けて軽く掃除をした後、机と椅子を四つ、班を組む時のように向かい合わせで並べた。
「うん、こんなもんかな」
パンパンと両手の埃を払いながら星弥が満足そうに部室を見回した。
「じゃあ、まずは祝杯をあげよう」
「──ん」
永の号令に、蕾生は来る前に自動販売機で買ったパック牛乳を配る。星弥はそれを受け取って弾んだ声を出した。
「わあ、用意がいいね」
三人はそれで乾杯をした後、各々席につく。すると永が仰々しい口調で切り出した。
「では、コレタマ部の活動を始めます!」
「コレタマ?」
星弥が首を傾げると、待ってましたと言わんばかりに永が説明した。
「これからの地球環境を考える──略してコレタマ部ね」
「……」
星弥が無反応なので蕾生は渋々捕捉してやった。
「あれからずっとそのあだ名考えてたんだと」
蕾生が目撃したのは午後の授業中、永がノートのはじに何かを書いては頭を捻っていた姿だ。
授業が終わる頃、やっといくつか書いた単語の中のひとつに花丸をグリグリと書いた様を後ろから見ていた蕾生は何とも言えない気持ちになった。
「そうなんだ、か、可愛いと思うよ」
「まあ、俺はなんでもいい」
どもりながら目を逸らす星弥と無関心の蕾生。
二人の否定的な反応にもめげずに永は続けた。
「ふ、ヒラ部員は黙らっしゃい。ンン、初日の今日はとても重大な議題があります」
咳払いで空気感を変え、神妙な面持ちで言えば、つられて二人も固唾を呑んで永の言葉を待つ。
「リンをこの場にどうやって呼ぶのか?──であります」
改まったわりに想像の域を出なかった議題に、蕾生も星弥も緊張を解いて唸った。
「あー、それな」
「そうなんだよねえ……」
「一番簡単なのはリモート参加だけど、銀騎家の携帯電話やパソコンは無理でしょ?」
永がそう言うと、星弥も即座に頷く。
「だねえ。電波を傍受されてたら、クラブ作った意味がなくなっちゃう」
「鈴心はこの時間だと何やってるんだ?」
続いて蕾生が質問すると、星弥は小首を傾げながら答えた。
「うーんと、多いのは勉強かな。兄さんが毎日パソコンに課題を送ってくるから、それをやってると思う。ここ数年は研究で忙しくてマンツーマン授業ができなくなったんだよね」
それを聞いた永が前のめりになって尋ねる。
「ふうん。じゃあ、以前よりもリンは自由なんだ?」
「そうだね、活動範囲は自宅と研究所だけなんだけど、好きな時に勉強したり、読書したりしてるみたいだよ。研究所も顔パスでどこでも入れるし」
「それは普通に軟禁状態だろ」
「まあ……」
蕾生の冷ややかな指摘に星弥は苦い顔をしてみせた。
「ふむ。やっぱり研究所の敷地より外には出られない感じ?」
永が問うと、星弥は頷きながら答える。
「難しいと思う、お祖父様から禁止されてるし。わたしから兄さんに頼んでみることも考えたけど──」
「怪しまれるだろうな」
「うん……急にそんなこと言い出したら、ね」
蕾生の的確な言葉を肯定して、星弥は困った表情で眉を寄せた。
「せめてあそこから出られたらなー。その後こっちの学校に忍び込むくらいはリンなら簡単なんだけど」
永もぼやくけれど良い考えは浮かびそうにない。
「アナログだけど、交換日記くらいしか思いつかないかなあ」
「そうだねえ、メールやメッセージアプリは危険だから、手書きのノートでやり取りするのが一番秘密は守れる」
星弥と永のやり取りを聞いて、蕾生は少し苛立って反応した。
「──めんどくせえな、タイムラグもかなり出来るし」
「でも、それくらいしか……」
「思いつかないよねえ……」
結局この日は良いアイディアが出る事はなく、とりあえず星弥がノートを買っておくことだけが決まって散会となってしまった。