3-1 一回目①銀騎の秘密
文字数 3,872文字
少しずつ雨模様が増えてきた週末。それでも今日はなんとか降らずに済んでいる。永 と蕾生 は傘も持たずに軽装で銀騎 邸に再びやってきた。
「いらっしゃい」
前回と同じく星弥 に迎えられた二人は軽く挨拶を交わす。
「どうも、コンニチハ」
「おす」
「どうぞ、入って。今日はお勉強会だから」
「勉強?」
蕾生が聞き返すと、星弥は悪戯っぽく笑って言った。
「中間テストが近いでしょ?入試成績一位の周防 くんが教えてくれるってお母様には言ってあるの」
「なるほど、いい口実だ」
永は満足気に頷く。気持ち上から目線なのは星弥と軍師的な立ち位置を争っているからかもしれない。
「入学式で新入生挨拶してたのをお母様も覚えてるから、あっさり許してくれたよ」
「手ぶらで来ちまったけど……」
蕾生が少し困ってみせると、永はあっけらかんとしていた。
「まあ、僕は教科書いらないし。ライくんもそういうキャラじゃないからいいんでない?」
「そっか、前もって言えば良かったね。うっかりしちゃった」
星弥はそう言いつつも全く悪びれていない。学校での「良い子」を演じるのを二人の前では辞めたようだった。
「永の理屈で通るなら別にいいけど」
口先でなんとでも切り抜けられる永と違って、蕾生は多少不貞腐れながら呟いた。それを見て星弥はクスリと笑った。
「唯 くんて、意外と慎重なんだね」
「そうなの、意外と理屈っぽいのよ、ライくんは」
「意外とね」
「そう、意外とね」
永と星弥に揃っていじられて蕾生もますます不機嫌になる。
「お前らみたいに口が上手くないからな、俺は」
「えー、周防くんと一緒にされたあ、不満だあ」
「僕も納得できないなー」
この二人は仲良くする気は全くないらしいが、阿吽の呼吸ができている。同族嫌悪だな、と蕾生は思ったが言わなかった。多分三倍になって返ってくるだろうから。
先週と同じ応接室に通されると、すでに一通りの来客用のお茶などは運び込まれていた。今日は家政婦も全く顔を見せなかった。
「そんな訳で、この部屋にはお母様も家政婦さんも入ってこないから安心してね」
「オーケー、オーケー」
永はすっかり我が物顔でソファにどっかりと腰掛けた。
「鈴心 はどうしてる?」
蕾生が聞くと、星弥は少し言いにくそうに答える。永も前のめりで注視した。
「うん……、一応二人が今日来ることは話してあるんだけど、部屋からは出てきてくれなくて」
「なんか言ってた?」
「えーっと、睨まれた」
「ハハッ、リンらしいや」
永は思わず苦笑してしまったが、蕾生は鈴心の態度にはまだ納得がいっていない。
「どうする?部屋から引きずり出すか?」
「乱暴だな、ライくんは!だからモテないんだよ」
「無理強いは、まだちょっと早いかな……」
星弥も困りながら笑う。それなら、と永は星弥の方を見て切り出した。
「せっかくだから、銀騎のことについて知識の擦り合わせをしたいな」
「わたしと?」
「そう。考えてみれば、銀騎のごく身内に話を聞けるなんて今回が初めてだからね」
「わたしは兄さんと違って、そんなに詳しくはないけど……」
誤魔化してお茶を濁そうとしているととった永ははっきりと星弥に挑戦状を叩きつける。
「ふうん。でも、銀騎が元は陰陽師の家系だってことは当然わかってるよね?」
「それは、まあ」
「は?俺は初めて聞いたぞ」
蕾生にとっては突然の爆弾投下にも等しい新事実だった。驚き過ぎて声が上ずってしまった程だ。
「そうだね、銀騎のこっちの一面は完全に秘匿されてるからね」
「銀騎 詮充郎 って化学者なんだよな?陰陽師って言ったら真逆だろ」
あんなに技術の粋を集めた化学研究所と非現実的なオカルト要素が同居しているだなんて、蕾生でなくても夢にも思わないだろう。
「たしか、銀騎のじいさんにはそういう力はないって聞いたなあ。でも、孫の皓矢 は違うんじゃない?」
「え!?」
永の言葉に蕾生は更に驚いた。説明会の時の銀騎 皓矢 の化学者然とした姿を思い出す。どう見てもあの姿からは陰陽師だとは露程も思えない。
「えっと、まず前提としてだけど、うちのそっち関係については後継者になる人にしか伝えられないの。わたしもお母様も知ってることはほとんどないよ。
それでも、兄さんの力は……まあ、多分、修行したらしいからそれなりにあるんだとは思う。でもわたしは見たことがない」
星弥の説明を聞いても、蕾生の心の中は動揺し続けていた。自分達だけでなく、銀騎にも現実離れした秘密があったとは。
急にここから先の道には暗くおどろおどろしいものが渦巻いている気がして背筋に悪寒が走った。
「君には?」
しかし、永は蕾生の様子に構うことなく冷静に星弥に詰問する。
「わたし?わからない……。私が生まれた時にはすでに兄さんは修行を始めてたから、わたしにそういう話はきたことがないし、自覚もないよ」
「ふうん……未知数ってことか」
「ううん、きっとわたしにはそんな力ないよ。蚊帳の外っていうか、普通の子として生きてきたもの」
それを聞いて蕾生は少しほっとする。星弥すらも不思議な力があるなんてことになったら、さすがに蕾生の想像の範疇を越える。
「──うん。ところで、銀騎のじいさんの息子、君の父親だけど亡くなったのはいつ?」
だが永は少し疑っているようだった。けれどそこに深入りすることはせず、軽く頷いた後話題を変えた。
「お父様が亡くなったのはわたしが産まれる直前。確か、三十六歳、くらいだったかな?それより前に何か大怪我をして、そのせいで──」
「あの写真の人だよね?あれは若い頃の?」
戸棚の中に飾られた若い男性の写真立てを指して永が言うと、星弥は素直に頷いた。
「うんそう。まだ二十代だと思うよ。その頃大怪我をしたから、あの写真以降のものがないんだって」
「へえ……」
「その親父さんはどうだったんだ?そういう陰陽師的な力……」
蕾生が恐る恐る聞くと、永は少し逡巡した後答えた。
「彼は──、まあ、力はあったんじゃない?彼についてはよく知らないんだ」
「わたしも知らない。兄さんがどれくらい強い術者かも知らないくらいだし」
すでに故人となっている父親の話がどう関係しているのか、蕾生にはよくわからなかった。
だが、永の歯切れの悪い口ぶりが少し気になった。そんな蕾生が違和感を考える間もなく、永は少し笑って問う。
「そういう訳で銀騎が僕達と因縁があるって意味、わかった?」
「俺達がかかってる鵺 の呪いが、陰陽師に関係があるってことか?」
「うーん、不正解」
「え?」
永は陽気な声音で、けれど渋い顔をして首を振った。
「逆なんだ。銀騎が陰陽師だから、僕らにかけられた呪いに興味を持たれた」
「どういうことだ?」
「銀騎の目的は、実は僕にもよくわからないんだよね。何回か転生を繰り返してるうちにいつの間にか絡まれるようになっててさ。多分、専門家から見たら、僕らの呪いって特殊なんじゃない?だからしつこく追い回すのかなって」
「じゃあ、銀騎を探っても鵺の呪いを解く方法はわからないってことか?」
銀騎の家が陰陽師だと聞かされた時から、蕾生は自然にこの呪いは銀騎がかけたのかもしれないと思い込んでいた。
永は肩を竦め手のひらを掲げて答える。
「うーん、だと思うよ。銀騎が僕らの呪いを独自に分析してる可能性もあるけど、基本的に彼らの興味は鵺そのものだから」
「鵺そのもの?」
「うん、何度かライは捕まりそうになってる。多分、銀騎は僕らを捕らえて隅々まで調べたいんじゃない?調べて何に使うのかはわからないけど」
そこまで聞いて、星弥は大きく頷きながら言った。
「そっか、お祖父様ならそうかも。知的好奇心の塊みたいな人だから」
「ライくん、僕ら人体実験されちゃうかもよー?」
少し戯けた永の態度をいなす余裕は今の蕾生にはない。代わりに少し睨んでやると永も咳払いをして真面目に言った。
「とにかく、僕らが鵺の呪いを解こうと頑張ってると絶対に邪魔してくるのが銀騎ってワケ」
「そういうヤツらの所にリンが転生したのか……」
鈴心は偶然だと言い張ったが、今の蕾生にはとてもそうは思えなかった。
「ライくんだってここまで聞けば、何かあるって思うでしょ?」
ここでようやく蕾生にも鈴心の置かれている状況が「出来過ぎて」いることがわかった。
鵺に興味を持った銀騎詮充郎が前回の転生においてリンに目をつけ、何らかの方法で身内に取り込んだ可能性は十分に考えられることだ。
「そうだな。でも陰陽師ってそんなことまで出来るのか?」
「さあ、そこは銀騎さんに聞きたいところなんだけど」
永が視線をやると、難しいテストを解くような顔をして星弥は眉を顰めていた。
「人一人を狙い通りに転生させる……?うちにそういう秘法があるかどうかはわたしにはわからないな。兄さんなら知ってるかもしれないけど」
「だよね、じゃあそこは一旦棚上げで。話を変えるけど、御堂 って銀騎の分家だよね?」
その言葉を聞いて、星弥は呆れるような、怖さを感じているような声で率直な反応を見せる。
「よく知ってるんだね……」
「まあ、ちょっとね。分家にも術者はいると思うけど、リン──鈴心にはそういう力は?」
「あ……」
それまで自分の家のことを隅々まで知っている永に微な嫌悪感を見せていた星弥だったが、そう問いかけられて急に怯えた表情を見せた。
「いらっしゃい」
前回と同じく
「どうも、コンニチハ」
「おす」
「どうぞ、入って。今日はお勉強会だから」
「勉強?」
蕾生が聞き返すと、星弥は悪戯っぽく笑って言った。
「中間テストが近いでしょ?入試成績一位の
「なるほど、いい口実だ」
永は満足気に頷く。気持ち上から目線なのは星弥と軍師的な立ち位置を争っているからかもしれない。
「入学式で新入生挨拶してたのをお母様も覚えてるから、あっさり許してくれたよ」
「手ぶらで来ちまったけど……」
蕾生が少し困ってみせると、永はあっけらかんとしていた。
「まあ、僕は教科書いらないし。ライくんもそういうキャラじゃないからいいんでない?」
「そっか、前もって言えば良かったね。うっかりしちゃった」
星弥はそう言いつつも全く悪びれていない。学校での「良い子」を演じるのを二人の前では辞めたようだった。
「永の理屈で通るなら別にいいけど」
口先でなんとでも切り抜けられる永と違って、蕾生は多少不貞腐れながら呟いた。それを見て星弥はクスリと笑った。
「
「そうなの、意外と理屈っぽいのよ、ライくんは」
「意外とね」
「そう、意外とね」
永と星弥に揃っていじられて蕾生もますます不機嫌になる。
「お前らみたいに口が上手くないからな、俺は」
「えー、周防くんと一緒にされたあ、不満だあ」
「僕も納得できないなー」
この二人は仲良くする気は全くないらしいが、阿吽の呼吸ができている。同族嫌悪だな、と蕾生は思ったが言わなかった。多分三倍になって返ってくるだろうから。
先週と同じ応接室に通されると、すでに一通りの来客用のお茶などは運び込まれていた。今日は家政婦も全く顔を見せなかった。
「そんな訳で、この部屋にはお母様も家政婦さんも入ってこないから安心してね」
「オーケー、オーケー」
永はすっかり我が物顔でソファにどっかりと腰掛けた。
「
蕾生が聞くと、星弥は少し言いにくそうに答える。永も前のめりで注視した。
「うん……、一応二人が今日来ることは話してあるんだけど、部屋からは出てきてくれなくて」
「なんか言ってた?」
「えーっと、睨まれた」
「ハハッ、リンらしいや」
永は思わず苦笑してしまったが、蕾生は鈴心の態度にはまだ納得がいっていない。
「どうする?部屋から引きずり出すか?」
「乱暴だな、ライくんは!だからモテないんだよ」
「無理強いは、まだちょっと早いかな……」
星弥も困りながら笑う。それなら、と永は星弥の方を見て切り出した。
「せっかくだから、銀騎のことについて知識の擦り合わせをしたいな」
「わたしと?」
「そう。考えてみれば、銀騎のごく身内に話を聞けるなんて今回が初めてだからね」
「わたしは兄さんと違って、そんなに詳しくはないけど……」
誤魔化してお茶を濁そうとしているととった永ははっきりと星弥に挑戦状を叩きつける。
「ふうん。でも、銀騎が元は陰陽師の家系だってことは当然わかってるよね?」
「それは、まあ」
「は?俺は初めて聞いたぞ」
蕾生にとっては突然の爆弾投下にも等しい新事実だった。驚き過ぎて声が上ずってしまった程だ。
「そうだね、銀騎のこっちの一面は完全に秘匿されてるからね」
「
あんなに技術の粋を集めた化学研究所と非現実的なオカルト要素が同居しているだなんて、蕾生でなくても夢にも思わないだろう。
「たしか、銀騎のじいさんにはそういう力はないって聞いたなあ。でも、孫の
「え!?」
永の言葉に蕾生は更に驚いた。説明会の時の
「えっと、まず前提としてだけど、うちのそっち関係については後継者になる人にしか伝えられないの。わたしもお母様も知ってることはほとんどないよ。
それでも、兄さんの力は……まあ、多分、修行したらしいからそれなりにあるんだとは思う。でもわたしは見たことがない」
星弥の説明を聞いても、蕾生の心の中は動揺し続けていた。自分達だけでなく、銀騎にも現実離れした秘密があったとは。
急にここから先の道には暗くおどろおどろしいものが渦巻いている気がして背筋に悪寒が走った。
「君には?」
しかし、永は蕾生の様子に構うことなく冷静に星弥に詰問する。
「わたし?わからない……。私が生まれた時にはすでに兄さんは修行を始めてたから、わたしにそういう話はきたことがないし、自覚もないよ」
「ふうん……未知数ってことか」
「ううん、きっとわたしにはそんな力ないよ。蚊帳の外っていうか、普通の子として生きてきたもの」
それを聞いて蕾生は少しほっとする。星弥すらも不思議な力があるなんてことになったら、さすがに蕾生の想像の範疇を越える。
「──うん。ところで、銀騎のじいさんの息子、君の父親だけど亡くなったのはいつ?」
だが永は少し疑っているようだった。けれどそこに深入りすることはせず、軽く頷いた後話題を変えた。
「お父様が亡くなったのはわたしが産まれる直前。確か、三十六歳、くらいだったかな?それより前に何か大怪我をして、そのせいで──」
「あの写真の人だよね?あれは若い頃の?」
戸棚の中に飾られた若い男性の写真立てを指して永が言うと、星弥は素直に頷いた。
「うんそう。まだ二十代だと思うよ。その頃大怪我をしたから、あの写真以降のものがないんだって」
「へえ……」
「その親父さんはどうだったんだ?そういう陰陽師的な力……」
蕾生が恐る恐る聞くと、永は少し逡巡した後答えた。
「彼は──、まあ、力はあったんじゃない?彼についてはよく知らないんだ」
「わたしも知らない。兄さんがどれくらい強い術者かも知らないくらいだし」
すでに故人となっている父親の話がどう関係しているのか、蕾生にはよくわからなかった。
だが、永の歯切れの悪い口ぶりが少し気になった。そんな蕾生が違和感を考える間もなく、永は少し笑って問う。
「そういう訳で銀騎が僕達と因縁があるって意味、わかった?」
「俺達がかかってる
「うーん、不正解」
「え?」
永は陽気な声音で、けれど渋い顔をして首を振った。
「逆なんだ。銀騎が陰陽師だから、僕らにかけられた呪いに興味を持たれた」
「どういうことだ?」
「銀騎の目的は、実は僕にもよくわからないんだよね。何回か転生を繰り返してるうちにいつの間にか絡まれるようになっててさ。多分、専門家から見たら、僕らの呪いって特殊なんじゃない?だからしつこく追い回すのかなって」
「じゃあ、銀騎を探っても鵺の呪いを解く方法はわからないってことか?」
銀騎の家が陰陽師だと聞かされた時から、蕾生は自然にこの呪いは銀騎がかけたのかもしれないと思い込んでいた。
永は肩を竦め手のひらを掲げて答える。
「うーん、だと思うよ。銀騎が僕らの呪いを独自に分析してる可能性もあるけど、基本的に彼らの興味は鵺そのものだから」
「鵺そのもの?」
「うん、何度かライは捕まりそうになってる。多分、銀騎は僕らを捕らえて隅々まで調べたいんじゃない?調べて何に使うのかはわからないけど」
そこまで聞いて、星弥は大きく頷きながら言った。
「そっか、お祖父様ならそうかも。知的好奇心の塊みたいな人だから」
「ライくん、僕ら人体実験されちゃうかもよー?」
少し戯けた永の態度をいなす余裕は今の蕾生にはない。代わりに少し睨んでやると永も咳払いをして真面目に言った。
「とにかく、僕らが鵺の呪いを解こうと頑張ってると絶対に邪魔してくるのが銀騎ってワケ」
「そういうヤツらの所にリンが転生したのか……」
鈴心は偶然だと言い張ったが、今の蕾生にはとてもそうは思えなかった。
「ライくんだってここまで聞けば、何かあるって思うでしょ?」
ここでようやく蕾生にも鈴心の置かれている状況が「出来過ぎて」いることがわかった。
鵺に興味を持った銀騎詮充郎が前回の転生においてリンに目をつけ、何らかの方法で身内に取り込んだ可能性は十分に考えられることだ。
「そうだな。でも陰陽師ってそんなことまで出来るのか?」
「さあ、そこは銀騎さんに聞きたいところなんだけど」
永が視線をやると、難しいテストを解くような顔をして星弥は眉を顰めていた。
「人一人を狙い通りに転生させる……?うちにそういう秘法があるかどうかはわたしにはわからないな。兄さんなら知ってるかもしれないけど」
「だよね、じゃあそこは一旦棚上げで。話を変えるけど、
その言葉を聞いて、星弥は呆れるような、怖さを感じているような声で率直な反応を見せる。
「よく知ってるんだね……」
「まあ、ちょっとね。分家にも術者はいると思うけど、リン──鈴心にはそういう力は?」
「あ……」
それまで自分の家のことを隅々まで知っている永に微な嫌悪感を見せていた星弥だったが、そう問いかけられて急に怯えた表情を見せた。