第16話 福寿草 - 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)

文字数 417文字

 お社さんへ一礼すると、鳥居をあとにした。
 小さな川のあちら岸を鴨が、てぼてぼと歩む。つがいが寄ってきて、水紋がうまれる。
 飛び石に大きく影がかかる。おお、長兵衛さん。
 源兵衛が手招きをしている。ほれ、蕾が。福寿草です。元日草(がんじつそう)とも申しますな。

 これも、染まりましょうか。
 長兵衛が問うと源兵衛は笑う。反物屋の大旦那は、早々に隠居して道楽の染め物をしておる。
 毒がありましてな。染めに使ったことはありません。
 長兵衛は、雪をわけ伸ばしていた手を引く。
 触れたくらいではどうもありません。源兵衛はもう一度笑う。口に入れるのは御法度ですが、玄人(くろうと)の手にかかれば、薬になるそうでしてな。
 可憐な花を咲かせますのに。
 まあ、人あたり柔らかく(おもて)には害をなさずとも、腹の中に一つ二つ毒を抱えているくらいが、よろしいのでしょう。

 源兵衛の(こと)の葉が、長兵衛の腹を染めてゆく。
 そのようでなくては、たれかの助けになど、なれはしません。
 

<了・連作短篇続く>
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