第20話  雪兎 - 雉始催(きじはじめてなく)

文字数 429文字

 足跡一つない雪の上を歩いてみたくなり、久兵衛(きゅうべえ)は長兵衛に合図すると、山道を右の方に外れながら下る。足を殊更にゆっくり踏み出すと、きゅ、と沈む按配が、童のような心持ちを連れてくる。
 ふもとに近づくと(まだら)に地模様があらわれ、あちらの赤い実は藪柑子(やぶこうじ)か。くるりと引き返すと、少しく深いところから雪を掬い上げ、握る。それ、長兵衛、お主も一つやってみよ。
 手を合わせて葉と実をいただいて、きゅきゅ、と差し込むと、小さな雪兎が二羽現れた。茂った葉の屋根のもとに並べてやる。
 かかあは、これを作るのが好きであった。
  
 ほんに、かわいらしい。
 耳元に懐かしい声がして、とうに鬼籍に()ったつれあいが兎に重なる。かけ寄って抱いたなら溶けてしまおうか、心のうちでただ悶え、悶えて。

 雉の声があたりを震わせる。
 もしも一人でいたならば、あのように鳴いたかもしれぬ。

 長兵衛はしゃがんで小さなだるまを作る。
 久兵衛がそっと目元を拭うたは、気付かぬふりがよかろう、と。

<了・連作短編続く>
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