第21話(4) ひと夏の貴重な時間
文字数 3,199文字
「うん……学校も夏休みというのは実にありがたいな……」
勇次は非番の日を自宅のベッドでだらだらと過ごしていた。
「~♪」
枕元の端末が振動する。だが、勇次はそれを手に取る元気が出ない。
「暑い……夏なんだから当たり前なんだが、もう夕方だぞ。勘弁してくれよ……」
「~~♪」
一旦間をおいて、再び端末が振動する。勇次が面倒そうに体を起こして端末の画面を見る。
「ん? 健一から電話か……しょうがねえなあ……もしもし?」
「あ、出た! お前な、既読スルーすんなよ!」
「いや、悪い、疲れていてな……なにか用か?」
「いや、ヒマっていうか、独り身男子なら、傷を舐め合わねえかって思ったんだけどよ……」
「は? 独り身?」
「いや、そういやお前には曲江がいたか。近所に住むかわいい幼馴染がいるとか、前世でどんな徳を積んだんだよお前!」
勇次のぼおっとした頭に健一の怒涛のトークラッシュが降り注ぐ。
「徳を積んだか……そのわりに鬼が出たが……」
「は?」
「いや、なんでもない……」
「お前寝ぼけてんのか?」
「さっきまで寝ていたが、お前のやかましさで大分目が覚めてきたよ」
「そうか。それで曲江さんとこれから出かけんのか?」
「え? なんでそうなる?」
勇次の反応に電話口の健一が面食らったようである。
「お、お前、今日、約束してないのか?」
「今日? なにかあったか?」
「まさか、曲江さんからの連絡も既読スルーかましているんじゃねえだろうな⁉」
「既読スルーというか、最近はほぼ毎日顔を合わしているよ。そういえば、今日のこともなんか言っていたような……思い出せんが」
「思い出せなくてもいいから行け! 曲江さんのところへ! 早く迎えに行け!」
「……急に声を荒げるなよ……残念だが、愛は今体調を崩している」
「え? そうなのか……風邪か?」
「……まあ、そんなところだ」
本当のところは億葉の怪しげな実験の犠牲者となった哀れな三尋の治癒と、ツーリング中に新しい式神を試した影響で、自分が思った以上に消耗してしまったのだが、それを一般人の健一に伝えてもしょうがないので、適当に濁した。
「そ、そうなのか、曲江さんもなんというか、ツイてないな……」
「お前の他にも何人かいるのか?」
「ああ、集まっているぞ、中学の野球部の連中が!」
「それは面白そうな集まりだな……俺も行こうかな」
「おお、来いよ! 待っているぞ! ん? なんだよ、お前ら……」
「どうした? 健一?」
健一は電話口の向こうで誰かと話しているようだ。聞き覚えのある女の声が聞こえる。
「え? 勇次と話してたんだよ。あいつも今から来ることに……え? あっ、貴女は……」
「健一? 誰と話している? どうなっているんだ?」
「勇次、お前はそのまま家にいろ! お迎えが行くからよ! 楽しんでこい!」
「は? お迎え? 何言ってんだよ……切れた。なんなんだよ、一体……」
勇次は端末を放り出して再びベッドに寝転がる。それからわりとすぐに……。
「♪」
「ん? インターホン? こんな時間に来客か?」
「♪、♪」
「あれ、今日、誰もいなかったんだっけか……しょうがねえなあ」
勇次が立ち上がって自室を出て、階段を降り、玄関に近づく。
「♪、♪、♪」
「そんなに鳴らさなくても……はいはい、今出ますよ~セールスならお断り……」
「……やっと出て来たか」
玄関を開けた勇次が二つの意味で固まった。プライベートで完全に油断している状況で、上司である御剣が家に尋ねてきたのである。もう一つの意味は御剣がいつもの凛々しい隊服姿ではなく、紺色を主体として白い花模様の浴衣を着ていたからである。
「……」
「どうした、黙り込んで」
「ゆ、浴衣、どうしたんですか……」
「私が高校に顔を出すと、いつも仲良くしてくれる三人組がいるだろう? さきほどバッタリ会ってな。今日は元々貴様のところに行こうと思っていると話したら、その内の一人の実家が呉服屋でな。これをレンタルしてくれた」
「そ、そうなんですか……」
言葉少なの勇次を見て、御剣は小さく笑う。
「ふっ、そんなに驚かすつもりはなかったのだが……」
「とてもよく似合っています!」
「⁉」
「大人っぽい隊長にぴったりな色合いで……そして、素敵です……」
「あ、ありがとう……手を離してくれるか?」
勇次はいつの間にか、御剣の両手を手に取っていることに気づき、慌てて離す。
「す、すみません……」
「い、いや……」
お互い顔を逸らす。しばらく間を置いて勇次が真面目な顔で尋ねる。
「きょ、今日はなにかの任務ですか?」
勇次の問いに御剣は笑う。
「ふっ、浴衣姿で任務に向かうわけがないだろう」
「そ、それもそうですよね……」
「暇なのだろう? 街に出かけよう。そのままでいいぞ」
「は、はい……」
勇次は御剣に続いて歩く。長い白髪はアレンジされ、綺麗に編み込まれて、真っ白なうなじがあらわになっている。勇次はそれを見て息を呑む。
「そのままでいいと言ったのに……」
御剣が苦笑しながら振り返る。勇次が慌てる。
「は、はい⁉」
「金棒を持ってくるとはな……」
「な、何が起こるか分かりませんから!」
「無粋だな」
「? なんでなのか分からないですが、今日は妙に人が多いので……」
勇次が周囲を見回して呟く。御剣がキョトンとした顔をする。
「貴様……地元民の癖に分からんのか……?」
「え? うおっ⁉」
その時、夜空に大きな花火が舞った。周囲から歓声が上がる。
「始まったか」
「そ、そうか、長岡花火大会。最近忙しくてすっかり忘れていた……」
「見事なものだな」
「ええ……⁉」
再び夜空に大きな花火が舞う。先ほどよりも、大きな花火であった。
「見たか! さっきよりも大きな花火だったぞ!」
御剣が今まで見せたことのないような笑顔を浮かべ、勇次の方に振り返る。
「ええ、とても綺麗です……」
「え? あ、ああ、花火がな!」
「いや、花火もそうですが、隊長の方がずっと綺麗です……」
「⁉ こ、こっちの方が見やすいかもな!」
勇次の言葉に戸惑いながら、御剣は人込みから少し離れた場所に進んで行く。
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ははっ、そんなんじゃ置いていくぞ?」
「貴女の首をね……」
「⁉」
突如現れた中折れ帽子を目深に被って大きめのマスクを付けた白いスーツ姿の男が二又の槍で御剣に襲いかかるが、御剣は刀を取り出してそれを防ぐ。
「祭りに刀なんて、貴女も無粋ですね……」
「聞き耳を立てているとは悪趣味だな」
「油断大敵……」
「むっ⁉」
「おらあっ!」
二本の小太刀を構えた山伏姿の、長い黒髪を後ろで一つ縛りにした男が背後から御剣に猛然と襲いかかる。
「させねえ!」
勇次が金棒を取り出し、小太刀を防ぐ。山伏が驚く。
「なに⁉ 反応が鈍いと思ったら……」
「隊長の背後を突くと思ったぜ! 天狗の半妖!」
「ちっ、連撃を喰らえ!」
「やだね!」
天狗は素早い連続攻撃を繰り出すが、勇次は冷静にそれを受け流す。
「はあ……はあ……俺の連撃を受けきっただと……⁉」
天狗が信じられないといった表情を浮かべる。御剣が笑う。
「ふふっ、『賢さと素早さと粘り強さ』がしっかり身に付いているようだな……」
「烏丸君、奇襲は失敗だ。本来の任務に戻ろう」
「その名で呼ぶな……まあいい、ここは退くとしよう」
「待て、貴様は狂骨だな。何を企む?」
「ふふっ……」
その時今までで一番の花火が地上を照らし、狂骨と呼ばれた男の骸骨化した左眼の部分が露になり、勇次は体をビクッとさせながら呟く。
「は、半妖なのか……?」
狂骨と呼ばれた男はポツリと呟く。
「狙いは鬼ヶ島一美だよ……」
「なっ⁉ き、消えた……」
「天狗の風による高速移動だな。あれはなかなか追いかけることが出来ん……」
「狙いは姉ちゃんだって言っていました!」
「ああ、ちょうど良い機会だと言ったらあれなのだが……行くか、東京に」
「ええっ⁉」
御剣の言葉に勇次は驚く。
勇次は非番の日を自宅のベッドでだらだらと過ごしていた。
「~♪」
枕元の端末が振動する。だが、勇次はそれを手に取る元気が出ない。
「暑い……夏なんだから当たり前なんだが、もう夕方だぞ。勘弁してくれよ……」
「~~♪」
一旦間をおいて、再び端末が振動する。勇次が面倒そうに体を起こして端末の画面を見る。
「ん? 健一から電話か……しょうがねえなあ……もしもし?」
「あ、出た! お前な、既読スルーすんなよ!」
「いや、悪い、疲れていてな……なにか用か?」
「いや、ヒマっていうか、独り身男子なら、傷を舐め合わねえかって思ったんだけどよ……」
「は? 独り身?」
「いや、そういやお前には曲江がいたか。近所に住むかわいい幼馴染がいるとか、前世でどんな徳を積んだんだよお前!」
勇次のぼおっとした頭に健一の怒涛のトークラッシュが降り注ぐ。
「徳を積んだか……そのわりに鬼が出たが……」
「は?」
「いや、なんでもない……」
「お前寝ぼけてんのか?」
「さっきまで寝ていたが、お前のやかましさで大分目が覚めてきたよ」
「そうか。それで曲江さんとこれから出かけんのか?」
「え? なんでそうなる?」
勇次の反応に電話口の健一が面食らったようである。
「お、お前、今日、約束してないのか?」
「今日? なにかあったか?」
「まさか、曲江さんからの連絡も既読スルーかましているんじゃねえだろうな⁉」
「既読スルーというか、最近はほぼ毎日顔を合わしているよ。そういえば、今日のこともなんか言っていたような……思い出せんが」
「思い出せなくてもいいから行け! 曲江さんのところへ! 早く迎えに行け!」
「……急に声を荒げるなよ……残念だが、愛は今体調を崩している」
「え? そうなのか……風邪か?」
「……まあ、そんなところだ」
本当のところは億葉の怪しげな実験の犠牲者となった哀れな三尋の治癒と、ツーリング中に新しい式神を試した影響で、自分が思った以上に消耗してしまったのだが、それを一般人の健一に伝えてもしょうがないので、適当に濁した。
「そ、そうなのか、曲江さんもなんというか、ツイてないな……」
「お前の他にも何人かいるのか?」
「ああ、集まっているぞ、中学の野球部の連中が!」
「それは面白そうな集まりだな……俺も行こうかな」
「おお、来いよ! 待っているぞ! ん? なんだよ、お前ら……」
「どうした? 健一?」
健一は電話口の向こうで誰かと話しているようだ。聞き覚えのある女の声が聞こえる。
「え? 勇次と話してたんだよ。あいつも今から来ることに……え? あっ、貴女は……」
「健一? 誰と話している? どうなっているんだ?」
「勇次、お前はそのまま家にいろ! お迎えが行くからよ! 楽しんでこい!」
「は? お迎え? 何言ってんだよ……切れた。なんなんだよ、一体……」
勇次は端末を放り出して再びベッドに寝転がる。それからわりとすぐに……。
「♪」
「ん? インターホン? こんな時間に来客か?」
「♪、♪」
「あれ、今日、誰もいなかったんだっけか……しょうがねえなあ」
勇次が立ち上がって自室を出て、階段を降り、玄関に近づく。
「♪、♪、♪」
「そんなに鳴らさなくても……はいはい、今出ますよ~セールスならお断り……」
「……やっと出て来たか」
玄関を開けた勇次が二つの意味で固まった。プライベートで完全に油断している状況で、上司である御剣が家に尋ねてきたのである。もう一つの意味は御剣がいつもの凛々しい隊服姿ではなく、紺色を主体として白い花模様の浴衣を着ていたからである。
「……」
「どうした、黙り込んで」
「ゆ、浴衣、どうしたんですか……」
「私が高校に顔を出すと、いつも仲良くしてくれる三人組がいるだろう? さきほどバッタリ会ってな。今日は元々貴様のところに行こうと思っていると話したら、その内の一人の実家が呉服屋でな。これをレンタルしてくれた」
「そ、そうなんですか……」
言葉少なの勇次を見て、御剣は小さく笑う。
「ふっ、そんなに驚かすつもりはなかったのだが……」
「とてもよく似合っています!」
「⁉」
「大人っぽい隊長にぴったりな色合いで……そして、素敵です……」
「あ、ありがとう……手を離してくれるか?」
勇次はいつの間にか、御剣の両手を手に取っていることに気づき、慌てて離す。
「す、すみません……」
「い、いや……」
お互い顔を逸らす。しばらく間を置いて勇次が真面目な顔で尋ねる。
「きょ、今日はなにかの任務ですか?」
勇次の問いに御剣は笑う。
「ふっ、浴衣姿で任務に向かうわけがないだろう」
「そ、それもそうですよね……」
「暇なのだろう? 街に出かけよう。そのままでいいぞ」
「は、はい……」
勇次は御剣に続いて歩く。長い白髪はアレンジされ、綺麗に編み込まれて、真っ白なうなじがあらわになっている。勇次はそれを見て息を呑む。
「そのままでいいと言ったのに……」
御剣が苦笑しながら振り返る。勇次が慌てる。
「は、はい⁉」
「金棒を持ってくるとはな……」
「な、何が起こるか分かりませんから!」
「無粋だな」
「? なんでなのか分からないですが、今日は妙に人が多いので……」
勇次が周囲を見回して呟く。御剣がキョトンとした顔をする。
「貴様……地元民の癖に分からんのか……?」
「え? うおっ⁉」
その時、夜空に大きな花火が舞った。周囲から歓声が上がる。
「始まったか」
「そ、そうか、長岡花火大会。最近忙しくてすっかり忘れていた……」
「見事なものだな」
「ええ……⁉」
再び夜空に大きな花火が舞う。先ほどよりも、大きな花火であった。
「見たか! さっきよりも大きな花火だったぞ!」
御剣が今まで見せたことのないような笑顔を浮かべ、勇次の方に振り返る。
「ええ、とても綺麗です……」
「え? あ、ああ、花火がな!」
「いや、花火もそうですが、隊長の方がずっと綺麗です……」
「⁉ こ、こっちの方が見やすいかもな!」
勇次の言葉に戸惑いながら、御剣は人込みから少し離れた場所に進んで行く。
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ははっ、そんなんじゃ置いていくぞ?」
「貴女の首をね……」
「⁉」
突如現れた中折れ帽子を目深に被って大きめのマスクを付けた白いスーツ姿の男が二又の槍で御剣に襲いかかるが、御剣は刀を取り出してそれを防ぐ。
「祭りに刀なんて、貴女も無粋ですね……」
「聞き耳を立てているとは悪趣味だな」
「油断大敵……」
「むっ⁉」
「おらあっ!」
二本の小太刀を構えた山伏姿の、長い黒髪を後ろで一つ縛りにした男が背後から御剣に猛然と襲いかかる。
「させねえ!」
勇次が金棒を取り出し、小太刀を防ぐ。山伏が驚く。
「なに⁉ 反応が鈍いと思ったら……」
「隊長の背後を突くと思ったぜ! 天狗の半妖!」
「ちっ、連撃を喰らえ!」
「やだね!」
天狗は素早い連続攻撃を繰り出すが、勇次は冷静にそれを受け流す。
「はあ……はあ……俺の連撃を受けきっただと……⁉」
天狗が信じられないといった表情を浮かべる。御剣が笑う。
「ふふっ、『賢さと素早さと粘り強さ』がしっかり身に付いているようだな……」
「烏丸君、奇襲は失敗だ。本来の任務に戻ろう」
「その名で呼ぶな……まあいい、ここは退くとしよう」
「待て、貴様は狂骨だな。何を企む?」
「ふふっ……」
その時今までで一番の花火が地上を照らし、狂骨と呼ばれた男の骸骨化した左眼の部分が露になり、勇次は体をビクッとさせながら呟く。
「は、半妖なのか……?」
狂骨と呼ばれた男はポツリと呟く。
「狙いは鬼ヶ島一美だよ……」
「なっ⁉ き、消えた……」
「天狗の風による高速移動だな。あれはなかなか追いかけることが出来ん……」
「狙いは姉ちゃんだって言っていました!」
「ああ、ちょうど良い機会だと言ったらあれなのだが……行くか、東京に」
「ええっ⁉」
御剣の言葉に勇次は驚く。