第21話(2) 猫のオンステージ

文字数 2,184文字

「さて、着きましたわ。又左さん」

「うん?」

 万夜が眠っている又左に声をかける。

「お待たせして申し訳ありません」

「ふぁ……それは別に良いけどにゃ……」

 又左はあくびをしながら答える。

「今、ケージから出して差し上げます」

「うん……部屋……?」

 持ち運び出来るキャットケージから出た又左が不思議そうに周囲を見回す。

「わざわざペットの振りまでして頂いて恐縮ですわ」

「高級キャットフードをくれたお礼だからそれは別に構わにゃいが……」

「なかなか一人では来る度胸がないものですから」

「! ひょっとして……ここは?」

 又左が何かを察する。万夜が頷く。

「お察しの通り、カラオケボックスですわ」

「帰る!」

「待った!」

「にゃ⁉ し、尻尾を掴むにゃ!」

「ペット可のカラオケボックスをやっと見つけたのです! 帰ってもらっては困ります!」

「にゃ、にゃんで、ワシがお前さんと同伴しにゃきゃにゃらにゃいのにゃ⁉」

「だって、頼んでもどなたもわたくしと一緒に来てくれないのですもの! 皆さん、予定があるとかなんとか言って!」

「そ、それも無理もにゃい話にゃ! い、言いづらい話にゃが、お前さんの歌はにゃかにゃかの破壊力で……」

「破壊力だなんて……そ、そんなに褒めてもなにも出ないですわ」

 万夜が顔を赤らめる。

「ほ、褒めてないにゃ!」

「確かにわたくしの美声に聞き惚れて倒れ込む方々ばかりですけど……」

「倒れる時点でおかしいにゃ!」

「壊れるほど愛してしまって、1/3以上伝わってしまうのですよね……」

「そもそも伝わってにゃい!」

 万夜は又左の言葉を無視して、話を進める。

「というわけで、わたくしの術の練度を高める為に今日は歌唱練習に付き合って頂きます」

「にゃにがというわけにゃんだにゃ⁉」

「もしかして……お嫌なのですか?」

 万夜が首を傾げる。

「そ、そうにゃ! 大変申し訳にゃいが……」

「何故です?」

「ね、猫の聴覚は人の3倍あるにゃ!」

「あらまあ、それは良いことですわね。わたくしの美声をよりご堪能いただけるということになりますもの」

「フシャー!」

 又左はジタバタと暴れる。万夜は困った顔になる。

「そんなに興奮しないで下さい。喜んでいらっしゃるのは伝わりましたから……」

「と、とことんにゃまでのプラス思考⁉」

「とにかく一旦落ち着いて下さい」

「……わ、悪いけどワシも予定があったのを思い出したにゃ! お暇させてもらうにゃ!」

「『ヒマでヒマでしょうがないにゃあ~』とおっしゃっていたではありませんか」

「い、いや、それは……」

「……仕方ありませんわね。先ほど差し上げた高級キャットフードによく合うミルクをご用意いたしますわ」

「そ、そんなものに釣られにゃいにゃ……!」

「この間、勇次さまに頂くはずだったという高級マタタビ……あれよりさらにグレードの高いマタタビはいかがです?」

「そ、そんなものに……!」

「ふむ、案外粘りますわね。では、欧米のセレブ猫の間で大人気、日本では入手困難な最高級ねこじゃらしはどうでしょうか?」

「……それで手を打つにゃ」

 又左は大人しくなる。万夜は笑顔を浮かべ、掴んでいた尻尾を離す。

「交渉成立ですわね」

「し、しまった!」

 万夜が端末を手際よく操作する。

「……今、ねこじゃらしを手配しました。まさか、交渉を破棄したりはしませんわよね?」

「う、うむ……」

 又左が苦々しく頷く。

「さて、時間は限られています。何を歌おうかしら……」

 万夜がソファーに腰かけ、タッチパネルを手に取り、選曲を始める。

(マ、マズいにゃ! こっちの身が危にゃい! どうにかしにゃいと……)

「~♪」

(考えるにゃ! この状況を打破するためにはどうするべきか……)

「……やっぱり一曲目は景気良くロックナンバーかしらね……」

(! これだにゃ!)

「ポップスも捨てがたいですわね……」

「ワ、ワシが歌うにゃ!」

「え?」

「ワシに歌わせてくれにゃ!」

 又左の突然の申し出に万夜は困惑する。

「いや、それではわたくしの練習になりませんので……」

「他人の! い、いや、他猫の歌を聴くのもいい勉強にゃ!」

「! 一理ありますわね……」

 万夜が腕を組んで頷く。

「さ、流石は苦竹万夜! 違いの分かる女だにゃ!」

「人様ならぬ猫様の歌を聴く機会はそうそうありません……では、又左さん! よろしくお願いしますわ!」

「よしきた!」

 又左が素早くタッチパネルを操作するとモニターに曲名が表示される。

「これは……『ねこふんじゃった』⁉」

「ワシの歌を聴くにゃあ!」

 又左がマイクを持って歌い出す。

「……お見事でした。さて、次はわたくしが……」

「2曲目!」

「えっ⁉」

「『黒猫のタンゴ』だにゃ!」

「ちょ、ちょっと……」

「オーディエンス! 盛り上がっていくにゃ!」

「イ、イエーイ……!」

 万夜は戸惑いながらも腕を突き上げる。

「はあ、はあ……」

「……新感覚の黒猫のタンゴでした……さて、次は……」

「3曲目!」

「ええっ⁉」

「2階席! 盛り上がっていくにゃ!」

「に、2階席⁉」

「……はあ、はあ、はあ……2時間歌いきってやったにゃ……」

「……時間になってしまいましたわ。延長したいところですが、この後も予定がありますし、今日の所はここまでに致しましょう。ある意味見識は広がりましたから良しとしますわ」

「か、勝ったにゃ……」

 又左はキャットケージの中で力尽きたように眠りにつくのであった。
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