五 新たな記憶

文字数 1,458文字

 夕食が終って風呂に入っていると、
「湯加減はいかがですか」
 浴室のドアが開いて、何も身に着けていない由美が入ってきた。
 身体を洗うと私が入っている浴槽の横に立って、私に身体を向けたまま浴槽の縁を手で掴み、脚を浴槽入れた。由美は身体を私に晒しても気にしていなかったばかりか私に身体を見せようとしていた。それはあたかも単身赴任から帰宅した夫とともに入浴している妻のようだった。

 由美は私の両脚の間に入り、背を私の胸に預けた。私は由美の背を胸に密着させて由美を背後から抱きしめて腹部を撫でた。
「私、こうしてもらうのを待ってた。身体を隅々まで洗ってもらうのも。
 そして長い単身赴任から戻ったあなたに愛してもらうのを。
 あなただけをずっと待ってた。たくさん愛して欲しい」
 由美はごく自然にそう言った。

 私は由美を優しく撫でた。
「あっ、ああぁぁぁ」
「愛されるのは初めて?」
「初めてだから優しくしてね。
 どういう事か母から教えられた。
 どうすれば私が喜ぶか、あなたは知ってるって。
 だから、あなたに任せなさいと」

 私は由美子を想像した。そうではない。想像したのは由美の官能だ。
 確かに、由美子が由美に説明したように、由美の官能は優れている。今も浴槽で抱きしめているだけで昇り詰めている。興奮しているのとは違う。私に身を委ねて満足し始めている。
「こうしているとのぼせるね。
 身体を洗ってあげるから、早く布団に入ろうか」
「うれしい」
 互いに身体を洗って風呂を出た。


 そして、一時間ほど後。布団の上で、
「ああっ・・・」
 昇り詰めた由美を私は抱きしめた。
 由美が私にしがみついた。そして力を抜いた。
「ぁぁぁ・・。気持ち良くって動けない・・・。母の言うとおりだった・・・。
 母の離婚の原因はあなたです。そして、私に希望を委ねた」
「由美子の望みはこういうことだったのか」

「私、あなたの妻になります。
 私が妻になっても、あなたの収入で十分暮して行けますね?」
「由美子はそこまで調べたんでしょう?」
「はい、調べました。
 母は生きている間にあなたとこうなっても良かったのですが、あなたが納得しなかったでしょう」
「そうだね。
 そしたら、あらためて、妻になってください」
「はい、喜んでなります」
「いつ結婚しますか?」
「修士課程を終えたら結婚してください」
「はい」
 私は嫌な予感がした。これでは、由美の母の由美子と状況が似ている。

「母のようになるのを気にしていますか?」
「はい」
「母のようにはなりません。私はあなたとともに生活するのを選びました。
 いつもあなたとともにいます。いいでしょう?」
「朝から晩まで二十四時間、私の傍にいて、飽きませんか?」
「飽きません。あなたは私の記憶です。
 これからは、あなたが私の新たな記憶です。
 なぜなら、由美は私。私は由美子ですから」
 由美は笑顔でそう言った。
「由美子か?」
「はい、今は」

 やはり思ったとおりだ。由美子は亡くなったが、由美子の心は由美の中で生きている。いやそうではない。由美と由美子は別な存在だ。いずれ由美だけになる、と私は思った。

「あなた、やっぱり、私を見透かしていたのね」
 由美は由美子とは違う表情でそう言った。由美子の気配が薄らいでいる。

 やはり、いずれ由美子の気配は消えて由美だけになるだろう。 
 私は、亡くなった由美子の心が、由美のどこに居るのか、由美に尋ねなかった。
 実態を知っても現実は変わらない。由美と由美子を除いた誰もが、私が他人の精神と身体を隅々まで感じるのを信じないのだから・・・。
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