第12話

文字数 2,157文字

 7月12日

「青人くんとは頻繁に遊ぶ仲だったの?」ハンドルを握る宇治が、真っ直ぐ前を見ながら尋ねてきた。
「いえ、青人と会ったのは高校卒業以来でした」
「そういえば、そう言ってたね」

 待ち合わせたN駅前で、宇治の車はすぐに見つかった。有名人らしく、ベンツかブガッティにでも乗ってくるかと思っていたが、予想に反して宇治の車は、よく見かける国産のフィットだった。

 車に乗り込む際、挨拶がてら「高級外車に乗ってるかと思いました」と言った。すると宇治は、「そんな目立つ車に乗って、こっちから周囲に正体をバラすようなことはしないよ」と、マスクの奥で笑った。

 東京からN駅までは、車で約四時間。宇治はここまで単調極まるドライブをしてきたはずだが、その雰囲気からは少しの不平も滲み出ていなかった。
「柳とは」私は続けた。「それぞれ別の大学に進んだ後も、二人で何度か会うことがありました。もちろん、高校のときほど頻繁に遊ぶことはなくなりましたけど」

「君たち三人とも別々の大学に通ってるの」
「いえ、柳と青人は同じ地元の国立大です。私は一次で失敗してしまって、滑り止めの私大に入りました」
「ふうん」

 沈黙が降りた。まだ情報を多分に詰め込む余地のある、軽くて乾いた沈黙であった。私は「四人目」についても口にした。
「莉緒さんについては、すいません。よくわかりません」
 宇治が理解を示すように、首を細かく縦に振った。「たしか、本人は大学生だと言ってたんだよね」
「はい」
「まあいい。それは、後で調べればわかることだから」

 信号に差しかかり、宇治はカーナビの画面を覗いた。道は空いているが、青人の家まではまだ30分以上かかるだろう。
「そもそも」宇治がまた口を開いた。「最近、君たち二人と青人くんは疎遠だったんだよね。何でまた、最近になって三人で会おうと思ったの?」
「それは」私は言われてその経緯を思い出そうとした。事実の連なりを一つ一つ逆にたどり、その発端と思える点を見つけたとき、再び語った。

「きっかけがあるとすれば、三か月前ですね。柳がキャンパス内にあるカフェでレジのバイトをしてたんです。そのときにある女性客が、支払いにクレジットカードを出したんだそうです。やけに綺麗な人で、柳が受け取り際にそのカードを見てみると、裏に国元莉緒と名前が書かれてあったんです。それで、国元といえば青人だと思い出して、後日柳は学内で青人を見つけ出して、それについて聞いてみました。そしたら、その女性は青人の双子の妹だったと判明したんです。さらに後日、私は柳からそのことを知らされました」

「高来くんも、莉緒さんと会ったことはなかったんだ」
「はい。だけど、高校時代から莉緒さんの存在は知ってました。過去に、青人と莉緒さんが揃って、科学系の賞を貰ったことは噂で聞いてましたから」

「とにかく、そこで三人の親交が復活したと」
「はい。私も柳もそのとき、青人の話を久々にしましたし、ちょうど三人とも来年の進路が決まって、部活の同窓会としてもいいんじゃないかということで、青人の家に集まることになりました」

「そう」宇治は少し顔を助手席に向け、すぐに前に向き直った。「それも聞きたかったんだ。君たちは高校時代、部活で一緒だったんだよね。話からすると化学部かな。事件のあった日、何やら楽しそうな実験をしてたみたいだけど」

「はい」これまで有名配信者から質問攻めにあったことなど一度もなく、緊張した喉から声を絞り出すようにして話さなければならなかった。
「私と柳は放課後いつも、実験室の薬品を適当に混ぜて遊ぶだけの平凡な部員でした。だけど青人は部長で別格でした。高校のときから既に色んな賞を取ったり、論文を発表したりしてましたから」

「青人くんはいわゆるアンタッチャブルだったのかな」
「そうですね。青人はどんな人に対しても素っ気なかったです。休み時間も大体一人でいましたから。私と柳はそんなことに構わず、青人にばんばん話しかけてましたけど」

 聞いた宇治の顔がまた緩んだ。窓外に目をやると、もう見慣れた街の景色が流れていた。数日前に殺人事件が起きたとは思えないほど、牧歌的で穏やかだった。

「もう着くよ」宇治が涼しい目をして言った。
「はい。そこの釣り具屋を右です」
 私の言葉に合わせたように、カーナビも女性の声で案内を始めた。

 宇治がしてきたのと同じくらい、こちらにも、この 稀有(けう)な男に対する質問の用意はあった。住んでいる大まかな場所、家の広さ、普段の食事、余暇の過ごし方、よく行く店、交友関係、次回の配信予定日とその内容、頭の回転の速さの秘訣、座右の書、嗜好品、そして聞けることなら、収入源の内訳、貯蓄額、なぜたまに口が悪いのか、といったこと等。しかし、ドライブの終わりが予感されるにつれ、少なくとも今は、それが叶わないと諦めざるを得なかった。

「目的地に到着しました」
 音声に従い首を左に捻ると、あのステンレス製の「国元」と書かれた表札が見えた。
「ここだね」宇治も顔を突き出して、事件現場となった家を確認した。

 私はその後、手近な駐車場の位置を示し、そこへ誘導した。その際宇治は、駐車料金がかからないことに驚いていた。逆に都心では一時間あたり千円近く取られると聞いて、私はそれ以上に驚かされた。
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