第21話

文字数 1,703文字

 7月も終わりにさしかかった頃、テレビやネットニュースは、国元家の事件を見事なB級ホラーに仕立てて報じた。識者を名乗る人物が、二棟の家とカーテンのトリックを、まるで自分が見抜いたように解説するのはとても滑稽であった。

 その反面宇治の対応には、いつもながら感心させられた。彼は自身のチャンネル「ウジベエのお話の森」において、事件についてそれこそ少しも触れなかった。この間などは、事件と全く関連のない『バブルはまた来るのか』というテーマについて、視聴者と五時間議論を交わしていた。

 正一は、宇治と一緒にホテルで会ったあの日、警察署内での取り調べ中に、隠し持っていたシアン化合物を口に含み自殺を図った。あらかじめ毒物を持っていたということは、自身の逮捕を予期していたのかもしれない。いずれにせよ、まだ意識不明の状態が続いていて、容疑者本人から話を聞くことは実現していない。

 さて、正一が双子の息子を殺した動機だが、あれから時間が経って、あることを思い出した。

 数年前の高校生だったあの日、7月7日、私と柳は莉緒と会っていた。青人の母、美由紀の容体が深刻だという噂を聞き、柳と二人で見舞いに行ったのだ。いや、正確には行こうとした。あの日も我々は道に迷った。多分ここからそう遠くないところだろう。ふと、長身の男が視界に入り、我々は歩み寄った。

「すいません」
 男が振り向いて、少なくとも私の気は緩んだ。青人に会えた、と思ったのだ。しかし、男は我々の問いかけを無視して、そのまま歩いて行ってしまった。

 我々は青人の機嫌が悪いのだ、と勝手に解釈した。男を見失ってから再び歩くうち、幸運にも青人の家を見つけた。出てきた青人の態度は、先ほどよりは刺々(とげとげ)しくなかった。だが「今は忙しい」と、軽くあしらわれてしまった。

 今思えば、道端で会ったあの男が莉緒だったのだ。今ではどうとでも言えるのだが、確かに後ろ暗い雰囲気が、青人にはそぐわない気がしていた。

 ネットでは、息子たちの暴力に耐えかねた正一が殺害を決心した、との言説が散見される。残念ながら、青人を近くで見てきた私からすれば、それは違う。彼は人に手をあげるような人間ではない。

 私としてはこう考えている。正一は、美由紀を殺した双子の将来を案じたのではないか。数年前のあの日、結局青人の母、美由紀は亡くなった。既に家で、双子の手により薬殺されていたのかもしれない。服用薬を毒に変える食事を毎日母に提供することは、青人にとっては簡単だっただろう。弟と共謀でもすればなおさらだ。救命を請う母を無慈悲にも無視する双子の姿を想像して、怖気(おぞけ)がした。

 二人の凶行に勘づいていた正一は、まず青人に莉緒殺害の意思を打ち明ける。青人への殺意も隠し持ちながら。青人には、アリバイを作れるよう、(しか)るべき人物に電話をかけさせる、などと都合の良いことを吹き込んだのかもしれない。
 おそらく決行の日が美由紀の命日と重なったのは、偶然ではない……

 なんて、もういい。どこまで考えたって、それは憶測でしかない。真実を知る双子はもう帰らぬ人となり、正一の回復も期待出来そうにない。

 そんなことより、青人。
 自然と脚の力が抜け、私は路上で屈み込んだ。
 なあ、青人。俺はお前になりたかったんだ。一つ取るのだって難しい賞を次々と取っていくお前は、俺たちにとってヒーローだった。そんなお前を俺は、出来るだけ近くで見ていたかった。お前と接することで、少しでもお前に近づけるんじゃないか、って根拠もなく思っていた。

 それなのに、あんまりじゃないか。母が教育熱心過ぎたか?度を超えていたか?それとも、お前たちは他の何かを抱えていたか?死んじまったら、もうわからないだろ。

「こちらはN市広報です」
 あの日もこの防災放送は流れていた。時は経ち、いつの間にか低い男性の声から、聞き取りやすい女性のそれへと変わった。

 そう、変わったんだ。俺たちの関係も何もかも。

 道端でうずくまる私の顔を、通りすがりの人が心配そうにのぞき込んでくる。私は何も言わず頬を拭い、立ち上がった。
 背中合わせに建つ二棟の家は見なかった。見たくもなかったから。
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