第1話 令和の義賊はお人好し
文字数 2,025文字
その情報を耳にしたのは、まったく偶然だった。
散歩中公園のベンチで一休みしている老夫婦の会話だ。
「ワシはいいかげん、箪笥預金はやめたいんだが」
「銀行とか証券会社にお金を預けるのはいやなの」
「強盗に入られたら、どうする?」
「ダミーの防犯カメラも付けたから平気よ」
「声が大きい! 万が一、悪い奴に聞かれたらどうするんだ」
はいはい。悪い奴がばっちり聞きましたよ。俺は老夫婦を尾行しその家を特定した。こういう仕事は早くした方がいい。俺はその日の夜に決めた。鍵を開ける道具を準備していったが、なんと裏口の鍵がかかっていなかった。俺は老夫婦の寝室に忍び込んだ。2人ともに、いびきをかいて寝ている。
手荒な事は避けたかったが、夫婦の両手両足を縛り、口にはガムテープを貼り付けた。のんきな事に、ジジイのほうは、眠ったままだ。目を覚ましたババアは、恐怖に顔を引きつらせている。
「おい。箪笥預金はどこに入ってるんだ?」
ババアは、寝室内の箪笥の一番下だと視線で教える。俺はそこを引っ張り出そうとするが、重くて動かない。
「おい。本当にここだろうな?」
ババアは、うなずく。仕方なく俺は渾身の力を入れるとゆっくり動いた。と同時に腰にぐぎっと痛みがきた。ぎっくり腰をやっちまったようだ。そこまでして引き出した箪笥の中身に、懐中電灯の光を当てて俺はさらに腰を抜かした。箪笥の中にびっしり入っているのは、全て500円硬貨である。引き出しの大きさからして、1千万円を超えるだろうが、重量も100kgを超えるだろう。しかし、ぎっくり腰で立ち上がることもできない。
俺はギブアップすることにした。自分のスマホで110番する。
「もしもし。強盗ですけど……」
◇◇◇
翌日、情けないことに俺はまだ警察病院のベッドに寝かされていた。老夫婦は、指名手配中の強盗犯の逮捕に貢献したとして、警察署長から感謝状をもらうとの事。
「あんたも、あの老いぼれ夫婦にやられたのかい?」
隣のベッドで、両足にギブスをしている男に声をかけられた。
「あいつら若い頃は、俺たちと同じ稼業で有名な夫婦だそうだ。1度も捕まらず60歳で稼業は引退し、金はたんまりあるんで、俺たちコソ泥を捕まえることが趣味だとさ。全くタチが悪い」
隣の同業者の話を聞くと、奴が引っ掛かったトラップは、俺とは別のものだった。
◇◇◇
2年後、俺は刑期を終え刑務所の通用門から出ると、しゃばの空気を思い切り吸い込んだ。すると俺の横を追い越したワンボックス車が止まり、後部座席のスライドドアが開いた。
「おつとめご苦労さん。まあ乗んなよ」
助手席から声をかけてきたのは、あのババアだ。運転しているのはジジイ。
「あんた、すまんがちょっとの間しんぼうしてくれ」
ババアは、いつの間にか俺に手錠をはめ目隠しと耳栓を付けて最後部座席に座らせた。
1時間後、俺はビルの1室でようやく手錠等を外された。
「これで10人揃った。悪いがお前さん達を試させてもらった」
警察病院で隣のベッドだった奴もいる。10人中女性はババアを入れて3人だ。フェロモンむんむんの若いボインちゃんと、30代後半と思われるスレンダーな幸薄系美女。俺は幸薄系が断然好みだ。さっきから俺の方をちらちら見ていやがる。久しぶりに見るシャバのいい女は、たまんねえぜ。
これまでほとんど声を発しなかったジジイが、ドスの効いた声で話し始める。
「ターゲットは、こいつだ」
スクリーンに映し出されたのは、誰もが知っている与党の長老議員だ。
「こいつは、軽井沢の別荘に収賄で得た金をしこたまためこんでいる。少なくとも500億円。これを、そっくり頂戴して10人で山分けするぜ」
俺は手を挙げて発言した。
「1つ質問だが、何故俺が選ばれたんだ?」
「それは他のみんなも同じだ。ずっと1人働きしていたことと、人に危害を加えていないことさ。ワシらもそうなんだが、皆はドロボーにしてはお人好しなんだ。先に言っておくが、今度の仕事で人に怪我をさせたり、ましてやコロシはご法度だ。そうなったら、500億は諦めて速やかに撤収する。これがただ1つの掟だ!いいな!」
「おう!」
俺は1匹狼が主義だが、ジジイの気迫に飲み込まれて、今回に限り一味に加わる決心をした。それに、あの女といい仲になりたい。なんか、久しぶりに気持ちが高ぶってきた。
◇◇◇◇
「監督、今日はいいシーンが撮れましたね」
「そうだな。今日出所して加わった男が、まったくいい質問をしてくれた。それに、あの男が女に向けた視線はマジだぜ。恋愛エピソードも入れられそうだ」
「今日のメンバーで、これが映画の撮影だと知ってるのは、あの老夫婦だけですね」
「そうだ。他のメンバーにばらすのはクランクアップの時だ。皆、会ってみるとお人好しばっかりで、映画と分って、怒り狂う奴はいないだろう」
監督と助監督が手にしている台本のタイトルは、『令和の義賊はお人好し』と記されていた。
おしまい
散歩中公園のベンチで一休みしている老夫婦の会話だ。
「ワシはいいかげん、箪笥預金はやめたいんだが」
「銀行とか証券会社にお金を預けるのはいやなの」
「強盗に入られたら、どうする?」
「ダミーの防犯カメラも付けたから平気よ」
「声が大きい! 万が一、悪い奴に聞かれたらどうするんだ」
はいはい。悪い奴がばっちり聞きましたよ。俺は老夫婦を尾行しその家を特定した。こういう仕事は早くした方がいい。俺はその日の夜に決めた。鍵を開ける道具を準備していったが、なんと裏口の鍵がかかっていなかった。俺は老夫婦の寝室に忍び込んだ。2人ともに、いびきをかいて寝ている。
手荒な事は避けたかったが、夫婦の両手両足を縛り、口にはガムテープを貼り付けた。のんきな事に、ジジイのほうは、眠ったままだ。目を覚ましたババアは、恐怖に顔を引きつらせている。
「おい。箪笥預金はどこに入ってるんだ?」
ババアは、寝室内の箪笥の一番下だと視線で教える。俺はそこを引っ張り出そうとするが、重くて動かない。
「おい。本当にここだろうな?」
ババアは、うなずく。仕方なく俺は渾身の力を入れるとゆっくり動いた。と同時に腰にぐぎっと痛みがきた。ぎっくり腰をやっちまったようだ。そこまでして引き出した箪笥の中身に、懐中電灯の光を当てて俺はさらに腰を抜かした。箪笥の中にびっしり入っているのは、全て500円硬貨である。引き出しの大きさからして、1千万円を超えるだろうが、重量も100kgを超えるだろう。しかし、ぎっくり腰で立ち上がることもできない。
俺はギブアップすることにした。自分のスマホで110番する。
「もしもし。強盗ですけど……」
◇◇◇
翌日、情けないことに俺はまだ警察病院のベッドに寝かされていた。老夫婦は、指名手配中の強盗犯の逮捕に貢献したとして、警察署長から感謝状をもらうとの事。
「あんたも、あの老いぼれ夫婦にやられたのかい?」
隣のベッドで、両足にギブスをしている男に声をかけられた。
「あいつら若い頃は、俺たちと同じ稼業で有名な夫婦だそうだ。1度も捕まらず60歳で稼業は引退し、金はたんまりあるんで、俺たちコソ泥を捕まえることが趣味だとさ。全くタチが悪い」
隣の同業者の話を聞くと、奴が引っ掛かったトラップは、俺とは別のものだった。
◇◇◇
2年後、俺は刑期を終え刑務所の通用門から出ると、しゃばの空気を思い切り吸い込んだ。すると俺の横を追い越したワンボックス車が止まり、後部座席のスライドドアが開いた。
「おつとめご苦労さん。まあ乗んなよ」
助手席から声をかけてきたのは、あのババアだ。運転しているのはジジイ。
「あんた、すまんがちょっとの間しんぼうしてくれ」
ババアは、いつの間にか俺に手錠をはめ目隠しと耳栓を付けて最後部座席に座らせた。
1時間後、俺はビルの1室でようやく手錠等を外された。
「これで10人揃った。悪いがお前さん達を試させてもらった」
警察病院で隣のベッドだった奴もいる。10人中女性はババアを入れて3人だ。フェロモンむんむんの若いボインちゃんと、30代後半と思われるスレンダーな幸薄系美女。俺は幸薄系が断然好みだ。さっきから俺の方をちらちら見ていやがる。久しぶりに見るシャバのいい女は、たまんねえぜ。
これまでほとんど声を発しなかったジジイが、ドスの効いた声で話し始める。
「ターゲットは、こいつだ」
スクリーンに映し出されたのは、誰もが知っている与党の長老議員だ。
「こいつは、軽井沢の別荘に収賄で得た金をしこたまためこんでいる。少なくとも500億円。これを、そっくり頂戴して10人で山分けするぜ」
俺は手を挙げて発言した。
「1つ質問だが、何故俺が選ばれたんだ?」
「それは他のみんなも同じだ。ずっと1人働きしていたことと、人に危害を加えていないことさ。ワシらもそうなんだが、皆はドロボーにしてはお人好しなんだ。先に言っておくが、今度の仕事で人に怪我をさせたり、ましてやコロシはご法度だ。そうなったら、500億は諦めて速やかに撤収する。これがただ1つの掟だ!いいな!」
「おう!」
俺は1匹狼が主義だが、ジジイの気迫に飲み込まれて、今回に限り一味に加わる決心をした。それに、あの女といい仲になりたい。なんか、久しぶりに気持ちが高ぶってきた。
◇◇◇◇
「監督、今日はいいシーンが撮れましたね」
「そうだな。今日出所して加わった男が、まったくいい質問をしてくれた。それに、あの男が女に向けた視線はマジだぜ。恋愛エピソードも入れられそうだ」
「今日のメンバーで、これが映画の撮影だと知ってるのは、あの老夫婦だけですね」
「そうだ。他のメンバーにばらすのはクランクアップの時だ。皆、会ってみるとお人好しばっかりで、映画と分って、怒り狂う奴はいないだろう」
監督と助監督が手にしている台本のタイトルは、『令和の義賊はお人好し』と記されていた。
おしまい