第10話 神々のおみくじ

文字数 2,308文字

 新しい年を迎え、青年は例年一番近くの小さな神社に1人で初詣に行く。すこし足を伸ばせば有名で大きな神社がある為、青年が行く神社は、例年人出が少ない。参拝した後いつものように、おみくじを引く。
 その時、フラッシュバックが起こった。去年のおみくじの内容を思い出したのだ。

『中吉』『臥薪嘗胆 (がしんしょうたん)』

 大学入試で第一志望校は落ちたが、第2志望校に合格して入学できた。
 そういえば、おみくじを見て、受験勉強のラストスパートをもう一段ギアアップした結果、合格できたようなもんだ。
 青年は、今年のおみくじを引く。

『大吉』『千載一遇』

 青年がこの神社で大吉を引いたのは初めてである。
 青年は大学に入学すると同時に入った美術サークルで、好きな女の子ができた。しかし、青年は油絵、彼女は彫刻ということもあり、なかなか話す機会がなく、ほぞを噛かんでいた。
 チャンスはその年の夏休みに巡ってきた。サークルの作品を、地方都市の美術館に展示するというイベントがあり、レンタカーを2人1組で運転して作品を搬入・搬出する仕事があるのだが、青年はさっそく立候補した。そして予想通り彼女も手を挙げた。彼女の彫刻作品が一番大きいので、責任を感じてのことである。
 片道2時間もかかるので、交代で運転することになった。最初は緊張でぎこちなかったが、搬入・搬出と長い時間を共にして、すっかり打ち解けた関係になり、交際に発展した。
 そして遂に青年は最高に幸せなかたちで、童貞を卒業することが出来た。

 次の年に引いたおみくじに、青年は困惑する。

『凶』『酒池肉林』

 青年は、彼女との交際に満足していたし、風俗に行ったりもしない。しかし、運勢には逆らえないことが待ち受けていた。
 この年、人生最大のモテ期が訪れたのだ。4月になり、サークルには3人の1年生の女の子が入ってきた。それぞれ個性的な魅力を持っている。
 先輩として、彼女達の教育係を命じられた青年は、サークル内の諸事を懇切丁寧に教えた。すると、あまりにも彼女達と過ごす時間が長いので、恋人には呆れられ別れることになった。
 それを知った彼女達3人から、各々告白された。青年は、まだ元カノに未練があり、3人に対しては優柔不断な態度で逃げた。
 そして、夏合宿で青年は取り返しのつかないことをしてしまう。サークル全体でのバーベキューの後、1年生の3人組の部屋に男性は青年だけが呼ばれ、二次会が始まった。そこで、しこたま飲まされた青年には途中から記憶がないのだが、4人での酒池肉林の乱交が行われたらしい。
 現場を見られたわけではないが、この噂はサークル内で知れ渡る事となり、彼女達の態度も見事な手のひら返しで主導者は青年にされた。結局、青年はサークルを辞めることになった。

 次の年のおみくじに、青年の体はしばらく震えが止まらなかった。

『大凶』『因果応報』

 巫女さんに2枚目を引いたらどうなるか確認したら、あくまで1枚目がその年の運勢になるとのこと。
 青年は、この年は品行方正で暮らそうと決意し、外出も大学に行くだけで、すぐにアパートに帰る生活を続けた。
 しかし、凶事は突然やってきた。師走にキャンパスから駅までの道を歩いていると、前方に元カノが歩いている。このままだと彼女を追い越すことになり気まずい。青年は彼女との距離を保つように、歩くスピードを遅くする。その時、前方から軽自動車が歩道を暴走してきた。突然のことに立ちすくむ彼女を、青年は体が自然に動きつき飛ばすと、暴走した軽自動車は青年の目の前に迫る。
 気が付くと、青年は病院のベッドに寝かされていた。右上腕骨折と左足首の捻挫で、全治3ケ月との診断が出て、青年はこの程度で今年のおみくじの運勢を受け入れたことに、ほっとした。

 次の年のおみくじは、いままでで最高である。

『大吉』『前途洋々』

 あの事故をきっかけに、大好きな彼女とよりを戻した。そして、就職も誰もが名前を聞いたら知っている会社に決まった。

 青年は不思議なおみくじの話を、彼女に初めてしてみたが、彼女はどうしても信じてくれないので、次の年に一緒に行くことにした。
 除夜の鐘を青年のアパートで聞いてから、例の神社に初詣に行って2人揃って手を合わせる。そしておみくじを引こうと、グッズ販売エリアに行ってみるが、おみくじを選択する、木の棒が入った箱がない。巫女さんに聞いてみる。昨年までと違う若い女の子だ。

「うちでは、おみくじは取り扱っていません」

「昨年までは、やってたんじゃないですか?」

「いいえ。私はこの神社の神主の娘で、生まれた時からここに住んでいます。おみくじは見たことありません」

 それでは、青年が毎年引いていた、おみくじは、いったい何だったんだろう。

 青年は、彼女に対して面目がなくなったが、なにか重苦しいものから、解放された気持ちになった。
 今年からは、自分の運勢は自分で、いや彼女と2人で切り開いて行こう。
 彼女の手をそっと握ると、彼女は笑顔で恋人つなぎにしてくれた。今年は、間違いなく『大吉』だ。


 ◇◇◇◇


 その頃天上の神々の世界では、大騒動となっていた。

「はい。動かないでください。賭博罪現行犯で逮捕です」

 天照大御神の親衛隊が、車座に座って賭博をしている七福神の周囲を取り囲んだ。
 人間におみくじを引かせ、それを予想して金塊を賭けるという賭博をやっていたのだ。
 胴元の大黒様を筆頭に、6神様が御縄になった…あれっ1神様足りない。

「御免あそばせ」

「弁天!貴様、よくも裏切りやがったな!」

「おほほ。最初は面白かったけど、人の恋路も賭けの対象にするのが、嫌になったのよ」


 おしまい
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