第8話 私はクレジットカード依存症

文字数 3,719文字

「じゃあ、割り勘で」

私は一緒に飲んでいた友人から、半分の現金をもらって、自分の分も含めてカード払いにするつもりで、財布を開くとバラバラとポイントカード・クレジットカードを床にぶちまけてしまった。

「へアサロン・ブテック・クレカ提携カードも沢山。いったい何枚あるのよ」

友人は、拾うのを手伝いながら、小言を言った。

「どうせまた、初回のボーナスポイン目当てではいったんでしょ。クレジットカードによっては、年会費が引き落とされてるから、使っていないカードは退会した方がいいわよ。まさかキャッシングは使っていないよね。身の丈に合った暮らしをしなきゃダメよ」

「…………」

 私は、耳の痛い友人の忠告には答えず、カードで支払いを済ませた。実際のところ、カードを作りすぎてしまった。特にクレジット決済機能は、金銭感覚を麻痺させる。でも、たまに友人とお酒を飲んで、洋服を買って、通販でおいしそうなものを取り寄せるぐらい、いいじゃないの。こうでもしなければ、仕事なんてやってられないわ。業績不振のため、冬の賞与は雀の涙の金額だったし。
 そんなことを考えながら帰宅途中で、カード入れを拾った。中には、たった1枚のカードが入っている。

『HEAVENカード』

 こんなカード聞いたことがない。面倒だけど交番に届けるか。QRコードが付いているのでスマホで読み込むとWebサイトが開いた。


ようこそHEAVENカードへ 
本カードは、入会費無料、年会費生涯無料、ポイント還元率は15%です。
電子決済をしている全国のあらゆる店舗、及び通販サイトでご利用できます。
キャッシングも可能で、ご返済はお客様のご都合のよろしいときでかまいません。


 このカードは未使用なんだ。それにしても条件が良すぎる。これは新手の詐欺に違いない。 
以下、利用規約が長々と書かれていたが、どうせどこのカードとも同じだろうと思い、読まずに、同意したにチェックを入れ次に進んだ。ありきたりのお客様登録画面である。私は氏名も、銀行口座もでたらめの情報を登録した。

『登録ありがとうございます。貴方様の限度額は、1,000万円でございます』

と登録完了となった。

 嘘でしょう。明日交番に届けようと、自分の財布に入れた。しかし1晩寝たら、このカードのことはすっかり忘れてしまった。


◇◇◇◇◇


とうとう破綻の日が訪れた。

「お客様、このクレジットカードは御使用できません」

 ヘアサロンでの会計時にそう告げられた。ほかのカードもダメ。そういえば、何日か前よりクレジットカード数社から、郵便物がきていたが、面倒で中身を読んでいなかった。

「ちょっと待ってください」

 スマホで銀行の残高を確認すると、88円しかない。クレジットカード利用が止められたのだ。手持ちには、現金は3千円しかない。どうしよう。買い物なら恥を忍んでキャンセルできるが、髪を切ってセットしたことは取り消せない。私はもう一度財布の中身を確認すると、HEAVENカードに目がとまった。こんなの使える訳ない、と思いながら店員に渡す。

「お客様、ありがとうございました」

えっ、使えちゃったの。
カード明細には、下記金額が記されていた。

本日のご利用金額   6,000円
ポイント       900
ご利用限度額   9,994,000円 

 これはなにか裏があるカードだ。警察に届けようか。しかし偽名を入力してカードを作って、実際に使用した自分も罪に問われるだろう。家に帰ると、郵便と留守電に家賃・電気・ガス・水道料金の未払いの連絡がはいっており、私は頭をかかえた。そして覚悟を決めた。

 翌日、防犯カメラに顔が映らないようにマスク、サングラスをかけて、いつもはいかないコンビニに入る。そしてATMでHEAVENカードのキャッシングで百万円引き出した。その金で家賃、公共料金やクレジットの返済を全て処理してほっとした。あのヘアーサロンも、初めて入った店だし、コンビニでも顔を隠したのでHEAVENカードを私が使ったということは、判らないはずだ。それでも、なにか不吉な予感がするこのカードは2度と使いたくない。

◇◇◇◇◇

 半年間、私は友人の忠告に従い身の丈合った、つましい暮らしをした。詐欺事件として表面化したら、どうしようと心配したHEAVENカードの情報もネット記事になっておらず、ほっとする。
 心配事がなくなったからなのか、私には恋人ができた。アルバイトをしながら司法試験を目指している彼にぞっこんで、すぐにでも一緒に暮らしたいが、お互いのアパートはワンルームなので、彼が夜遅くまで勉強できる部屋があるところに引っ越さなければならない。私にも、彼にお金はない。とすると方法は1つ、HEAVENカードしかない。
 私は用心深くまったく関係のない町をめぐって、異なるコンビニで百万円ずつキャッシングした。
最後に、限度額が994,000円になったときに、『これで限度額がなくなります。本当によろしいですか?』
私は一瞬迷ったが、『はい』をタッチしいた。
 そしてこのカードをなきものにしようと、深夜に公園の砂場で燃やすことにした。コンビニで買ったライターで火をつけようとした時、カードのQRコードが光る。QRコードは徐々に大きくなり私の頭の上に浮上した。そしてQRコードが消えると、そこには光のエリアが出現し、あっという間に私の身体を吸い込んでいく。

 気が付くと、私は雲の上にいた。

「ようこそ天国へ」正装した初老の男性が言った。

「あなたは、死神さんですか?」

「やはり皆さん、そうおっしゃられますね。私は天国の執事でございます」

「どっちにしても、私は死んじゃったんですね」

「貴方様の肉体はお元気ですよ。御覧ください」

 執事が示したスクリーンの中には、病院のベッドで寝ている自分がいる。両親が涙をうかべながらドクターの説明を受けていた。



「先生、どうなんですか?」

「正直に言いまして、初めての症例です。あらゆる検査をしましたが、まったく正常です。こんなことを、医師が言うべきではありませんが、魂が抜けてるとしか、いいようがありません。しばらく様子を見ましょう」

「先生、娘をどうかお願いします」

両親は何度も何度も医師に頭を下げた。

画面が切り替わり、彼氏のアパートが映し出された。驚いたことに、他のオンナと同棲している。司法試験の勉強中ということであったが、勉強机も、六法全書も見当たらない。彼は、いわゆる『ヒモ男』だったのだ。




 彼氏の本性には怒りしかないが、両親の涙のほうがこたえた。

「天国は現在人手で不足でして、貴方様にはここで働いて、借入金を全額返却していただけましたら、体に戻れます」

「どれぐらい働けば、戻れるんですか?」

「貴方様の借入金額ですと、50年でしょうか」

私は眩暈がした。戻れても80歳ではないか。私の落胆した表情を見て、執事が言った。

「ご安心下さい。貴方様がお戻りになられるのは、HEAVENカードを拾う前でございますよ」

「それで、ここでのお仕事はなんですか?」

「現世で、お亡くなりになりそうな方を、安らかに天国へお迎えするお仕事です」

「それって、死神じゃないですか!」

「早くノルマを達成して、御自身の身体に早く戻りたい方が、強引にお連れするようにされる方のことを、現世ではそのような名前で呼ばれるようです」

「私はそんな事はしないです」

「よい御心がけです。さて私より最後のご説明です。これをお渡しします」

 執事より1枚のカードが渡させた。HEAVENプレミアムと記されている。

「このカードを光にかざせば残りの労働日数が判ります。それに、ここでは飲食の必要がありませんので、飲食店こそありませんが、映画館・カジノ・パチンコ店等の娯楽施設がございまして決済はこのカードで行ってください。毎月定額のポイントが支給されます。ここが大事です。決してポイントを使い切らないようにしてください。逆にポイントが沢山貯まったら、労働日数と相殺することもできます」

「もし、ポイントがなくなったら?」

「はい、地獄落ちでございます。先週ここにお見えになった方は、『働くなんて御免だ』とおっしゃられカジノで勝負し、1日で地獄に落ちていかれました」

 私は執事よりHEAVENプレミアムカードを渡されたが、もうカードはこりごりだ。








◆◆◆◆◆


「先生、これで娘のクレジットカード依存症は本当に治るんでしょうか」

 頭に装置を付けてベッドで寝ている女性の母親が、心配そうにドクターに声をかけた。

「このクレカ依存症脱出ドリームも、レベルがありまして、今娘さんが観ている夢はレベル1なんですよ。
これで効果がなければ、最高はレベル5まで上げられますが、闇金融から返済を迫られ、悲惨な最後を迎える結末なんで、目覚めてもトラウマが残るリスクがあります。娘さんには、まず今回のレベル1で様子を見ましょう」

「これまで数えきれないぐらい、娘の銀行口座残高不足を援助してきましたが、いよいよ老後の貯えがなくなります。どうか娘の病気を治してください」

 患者の両親は、何度も医師に向かって頭を下げた。夢の中のシーンと同じように。



おしまい。
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