第5話 無人島に取り残されたふたり

文字数 2,859文字

「いやだー、スマホも圏外よ」

砂浜に打ち上げられた、流木に座った女性が言った。

「どうやら、この島に僕ら2人が取り残されようですね」

「どうしたらいいの」

それから暫く、女性は泣き続けた。
男性は、女性と少し離れた場所に座り、辛抱強く女性が泣き止むのを待った。

「落ち着きましたか?」

「取り乱してごめんなさい。あなたも、同じなのに」

「僕の分も、あなたに泣いてもらったので、十分ですよ」

そう言って男性は笑顔を見せた。

女性はぎこちないながら笑顔を返した。

「協力して、なんとか脱出しましょう。わたしはマサミです」

「僕は、ヒトシです。では、何から始めましょうか?」

この発言に、マサミは心の中で舌打ちする。

(なによ、いい事言うと思ったら、泣いてるのをぼーっと見てただけじゃないの)

「じゃあ、まず私達がここにいることを、判るようにしましょう」

「なるほど、砂浜にSОSって書くやつですね。やってきます」

男性は流木を使って、さっそく大きなSОSを書いてニコニコ顔で戻って来た。

「さあ、次は何をしましょう?」

「あっ、ありがとうございます」

(この人、自分で考えない指示待ちタイプなの?)

「この島に、飲める水や食べるものがないか調べましょう。今夜寝るところも」

「無人島探検ですね。ワクワクするなぁ。子供の頃憧れてたんですよ」

マサミはヒトシのこの発言にいらっとした。

「ヒトシさん。私達の状況、判っていますか?」

「ごめんなさい」

 半日かけて島を探索したところ、湧き水が出ている小さな池があり、その近くに水蒸気が出ているので、少し掘ると温泉が噴き出してきた。
果実が実っている木もあり、川の魚は手づかみで捕れた。なにより安心したのは2人を脅かす獣はいないようで、動物はリスと野ネズミくらいだ。また、おあえつらいむきに洞穴があり雨風をしのげそうである。
2人は、さっそく今日の食事と、寝床づくりにとりかかる。
ヒトシは、苦労しながら火をおこし、串刺しにした魚を焼く。マサミは、果実や食べられそうな野菜を集める。寝床は2人で協力し枯草のベッドを作るが、今日はセミダブルサイズにするのが精いっぱいであった。
2人は食事の後、交代で温泉に入ることに。

「マサミさん、安心してください。神に誓って、覗いたりしませんから」

入浴を済ませた2人は、枯草のベッドにもぐりこんだ。

「マサミさん、おやすみなさい」

そう言った次の瞬間、ヒトシは寝息を立てる。

(この人、今日はいろいろ力仕事をがんばってくれたから…………)

そう思ったマサミも、今日初めて出会ったヒトシを意識する間もなく、たちまち眠りについた。


◇◇◇◇◇


 無人島での生活も2週間が経過した。一番困っているのはマサミに衣類の替えが無いことで、晴天の日に湧き水で洗い、天日干しした。その間ヒトシは島の裏で魚を採っていた。ヒトシは、パンツ代わりに大きな葉っぱを巻き付けて、喜んでいたが、あそこがかぶれてしまい、パンツに戻した。
ヒトシは、満潮になると消える砂浜のSОSを毎日書き直す。
2人の距離は徐々に縮まっていったが、マサミはヒトシの自分への態度にちょっと不満だった。

(優しく礼儀正しいのはいいけれど、こんないいオンナと、無人島で2人きりなのに、手もつないでこないなんて)

その日は1日中激しい雨で、2人は洞穴内の焚火の前ですごすしかなかった。

「なんか、音がする」

2人は雨の中洞穴を飛び出すと、上空でヘリがホバーリングしている。

「ここにいるって知らせなくっちゃ」

ヒトシは、焚火から燃えている木を持ってきて、必死で振り回すも、雨ですぐ消えてしまうが、何度も繰り返した。そのかいあって、ヘリは2人の居場所を見つけたようだ。

強風の中、ヘリは姿勢を維持することが精いっぱいで、とても着陸できない。ヒトシとマサミの声も届かない。
するとヘリから、とてつもなく大きな音量で言葉が発せられた。

「本機は無人海難救助ヘリです。この島には10分後にかつてない高波が押し寄せます。直ちに避難しなければなりませんが、残念ながら、このヘリに搭乗できるのは1名です」

ヘリは、梯子をおろしてきた。

マサミとヒトシは、顔を見合わせた。

「ここは、レディーファーストですよ」

「だめよ。フェアーに行きましょう」

どちらが救助されるかもめていると、ヘリから連絡が。

「もう時間がありません。1分以内に決めてください」

「それじゃ、恨みっこなしの、じゃんけんにしましょう」

「わかったわ」

「最初はグー、ジャンケンポン」

ここで、ヒトシはあきらかに後出しして負けた。

「ちょっと。いまのはなしよ」

「さあ、早く乗って。僕も、この島のてっぺんの木の上に避難します。運が良ければ、渋谷でデートしてくださいね」

「わかったわ。必ず生きてね」

マサミの涙は、たちまち激しい雨に流された。
無人救助機に収容されたマサミは、恐ろしい高波が2人がそれなりに楽しく過ごした島を飲み込む様子を、震えながら観ているしかなかった。


◇◇◇◇◇


このシーンで、大型スクリーンには、ENDマークが映し出された。

試写室の扉が開いて、スーツを着た中年の男性が、拍手をしながら入ってきた。

「お二人とも素晴らしい。この映像は、お二人の経歴と性格の詳細なデータを基にして、AIに作らせた映像です。お二人は、無人島に2人という極限状態でも、相手をおもいやる行動をされています。いかがですか。ヒトシ様」

「まったくです。感動しました」

ヒトシは、泣いている。しかし、マサミは厳しい表情になり、質問した。

「この映像は恣意的に加工されたものでは、ありませんね」

「マサミ様。いっさい手を加えていませんよ」

すると、試写室に黒いスーツの集団がなだれ込んできた。

「結婚相談所の所長さんですね。フェイク動画を使って騙して契約する詐欺未遂で逮捕します。今回の映像も、押収したオリジナルは、まったく違うラストシーンであることを確認しました」

「ちょっと脚色して、カップルが幸せになるんだから、いいじゃないか!」

「それが、おたくの結婚相談所で法外な料金を支払って結婚して、性格の不一致で離婚するケースが多いんですよ」

「ちぇっ、今どきの夫婦は我慢がたんねーなー」

捨て台詞をはいた所長が連行され、試写室にはマサミとヒトシが残された。

「ヒトシさん、ごめんなさい。潜入捜査だったんです」

「いえ。もう謝らないでください。そのかわり、さっきの映像の中での、約束を守ってくれませんか?」

「それって、渋谷でのデートのことですか?」

微笑むヒトシに対して、マサミは頬を染めてうなずいた。マサミは何度か会ううちに、ヒトシの飾らない明るいところに惹かれていたのだ。

(このまま、お付き合いしたいけど、AIオリジナル映像のラストシーンがあれじゃね)

AIのオリジナルのラストシーンは、どちらがヘリに乗るか、殴り合いのけんかになり、結局2人とも時間切れで助からなかったというもの。

(気にしない。気にしない。これからのお付き合いで、きっとかわるわ)

マサミは、そう自分に言い聞かせてヒトシと手をつないだ。



おしまい。
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