第13話 放課後の少女

文字数 2,761文字

 放課後の校舎の中を、一人の少女が歩いていた。
 高遠早紀だ。
 その足取りは重く、どこか疲れているように見える。
 早紀は、彼女は、ある場所を目指していた。
 その場所とは、図書室だ。
 図書室の前まで来ると、彼女は扉に手をかける。
 だが、開かない。鍵がかかっていたのだ。
 早紀はムッとした表情をする。
「え。もう閉まってるの?」
 早紀は、独り言のように言った。
 だが、すぐに表情を変える。その顔には、寂しげな表情が浮かんでいた。
 彼女は、図書室の鍵が開いているのを期待していたのだ。
「あーあ。日直の仕事をしてたら遅くなっちゃった。やっぱり先に返却に行けば良かったなぁ」
 早紀は溜息を吐くと、教室に戻るために踵を返した。
 その時だ。
 後ろから声をかけられた。
「ねえ。そこの、あなた」
 振り返ると、そこには黒いセーラー服を着た、ラクロスケースを担いだ少女が立っていた。
 この高校の女学生の制服とは異なる。そのことから、早紀は目の前の少女が他校の生徒だと察した。
 背が高く、整った容姿をしている。
 長い黒髪は、毛先まで手入れが行き届いているように見えた。
 肌も白く、まるで陶器のようだ。
 早紀が、彼女に見惚れていると、彼女は不機嫌そうな顔をする。
 どうやら、早紀が返事をしなかったことに苛立っているようだった。
 早紀はハッとして答える。
「あ、はい」
 早紀は、少し焦りながら言った。
 そんな早紀を睨みつけるようにして、女生徒は訊く。
 その目は、獲物を狙う肉食獣のようで、威圧感があった。
 女生徒が言う。
 低い声で。
 その声は、とても冷たかった。
 まるで、氷の刃を突きつけられたような感覚を覚える。早紀は、ゾクッとするのを感じた。
「人を探しているの」
 女生徒の言葉に、早紀は首を傾げた。
 誰のことだろうか? 思い当たる節がない。
 すると、彼女は早紀との距離を詰める。早紀の頬に手を添えた。
 早紀は驚き、後退りしたかったが、彼女はそれを許さない。
 すると、彼女が言った。
 優しいが、冷たい口調で。
「今から、一枚の写真を見せるわ。写真なんてものは、珍しくもないでしょ。けど、真剣に見て。自分の記憶を探って、よく考えて。絶対に忘れてはならないことを思い出して。そして、考えてから言葉を口にして。反射的に、知りませんとは言わないで」
 そう言うと、早紀は首を縦に振った。
 それから、彼女は一枚の写真を早紀の顔面に差し出す。
 街中の雑踏を撮影した写真だ。
 写真は、赤いマーカーで一人の少年の顔を囲っていた。
 その少年を見た瞬間、早紀の記憶に一人の少年と結びつく。
 (いみな)隼人だ。
「この男を知っているわね?」
 訊かれて、早紀はとまどうことなく答えた。
「はい……」
 早紀の言葉に、女生徒は満足げに微笑む。
「そうでしょうね。今朝、あなたは、この男に助けてもらっていたのを私は見ていたわ。そうじゃなきゃ意味がないのよ。でも、問題はここからよ」
 早紀は、彼女の言葉の意味が分からなかった。
 ただ黙って次の言葉を待った。
 すると、彼女は続ける。
 冷酷な笑みを浮かべて。
「こいつの名前を確認させて。言って」
 彼女は言った。
「……聞いてどうするんですか?」
 早紀は恐るおそる尋ねる。
 すると、女生徒は鋭い目つきをした。
 そして口を開く。
 その声は低く、威厳に満ちたものだった。まるで王のような風格がある。
「聞いているのは私よ。あなたの意見は求めていないわ」
 そう言って、早紀を脅す。
 早紀は、一瞬だけ怯んだが、すぐに気を取り直すと、はっきりと答えた。
 勇気を振り絞るようにして。
「……諱、隼人くんです」
 早紀が答えた瞬間、女生徒は表情を変えた。眉間にシワを寄せ、険しい表情をする。
 だが、それも束の間のことだった。
 彼女は、ニヤリと笑う。
 それから、彼女は早紀の拘束を解いた。
 早紀はホッと胸を撫で下ろす。
 だが、安心はできない。なぜなら、優しい口調ではあったが初対面の人に、これ程までの脅迫と圧迫を迫ることなど、普通はありえないからだ。
「……ごめんなさい。少々、気が動転していたわ」
 彼女は謝る。
 その表情には、本当に反省しているようで、申し訳なさそうな感情が滲み出ていた。
 早紀は、不思議に思う。
 なぜ、彼女はこんなことをしたのだろうか?
 すると、彼女は言った。
 先ほどとは打って変わって、優しい声色で言う。
「私は風花澄香。あなたは?」
 彼女は名乗ると、早紀に名を尋ねた。
 早紀は戸惑ったが、すぐに答える。
「高遠、早紀です」
 すると、澄香は笑顔を見せた。
 その顔は可愛らしく、まさに青春を謳歌する少女のようだった。
 しかし、その瞳の奥にある冷たさは、未だに消えてはいない。
 早紀は、直感的に感じた。
 この人は危険だと。
 だから、警戒するように彼女を見る。
「そう警戒しないで。一般人に手を出すほど、私は落ちぶれてないわ」
 そんな早紀を見て、澄香は言った。
 それはどこか悲しげな声で。それは懺悔の言葉だった。
「一体、何のためにこんなことをするんですか?」
 彼女は、自らの罪を告白するかのように語る。
 その声は震えていて、まるで泣いているようにも聞こえた。
 澄香は言う。
「かけがえのないものを。取り戻すためよ」
 その声は弱々しく、まるで助けを求めているようでもあった。
 だが、早紀は、彼女の言葉を信じることができない。
 その言葉は嘘かもしれないのだ。
 だが、もし本当なら、隼人は澄香から、かけがえのないものを奪った悪人ということになる。
「隼人くんが、何をしたっていうんですか?」
 早紀が訊くが、澄香は首を横に振った。
「言えないわ。それに、これは私と奴との問題よ。部外者のあなたを巻き込む訳にはいかないの」
 澄香の言葉を聞いて、早紀は唇を噛んだ。
 悔しかった。
 自分は、ただ巻き込まれただけだというのに、澄香はそれすらも許さないと言う。
「教えて欲しい。奴は、学校の玄関から出てこなかったわ。まだ学校に残っているハズだけど、心当たりはない?」
 澄香は早紀を見つめながら言う。
 早紀は考えた。
 そして、一つの結論に至る。
 それは、自分が知っている限りの隼人の行動パターンだ。
「私も、隼人くんの行動を知っている訳じゃないんですけど。もしかしたら、

かも知れません」
 早紀の言葉に、澄香は驚いたような顔をする。
 どうやら、予想していなかったらしい。
 早紀は続けた。
 自信のなさそうに。
 それでも、自分の思いつく場所を。
 それが、正しいかどうかは分からないけれど。
 でも、早紀が知る限りでは、それくらいしか思い当たる節がなかった。
「たぶん。学校の裏にある川と……」
 早紀の言葉に、澄香は返す。
「川?」
 理解ができない、澄香の、その表情には驚きがあった。

(第14話 『武と農』に続く)
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登場人物紹介

 諱隼人《いみな はやと》

:現代においても刀を持ち続ける高校生。剣士として生き人を斬ることを生業とする。

 《なにがし》と呼ばれる剣の使い手で、《闇之太刀》という剣技がある。

 鍔の無い刀・無鍔刀を使う。

 風花澄香《かざはな すみか》

:戸田流の剣士。高校生。

 依頼を受けて麻薬の売人をしていた鷹村館・世戸大輔を斬る。

 《なにがし》の情報を求め、隼人を討つために動く。

 月宮七海《つきみや ななみ》

:黒いチュールワンピースに、黒のブラウスを羽織った妖艶な女。

 金次第で何でも請け負う、社会の裏に潜む仕事の斡旋人。

 隼人に、麻薬の売人であった杉浦正明の殺しを斡旋する。

 霧生志遠《きりゅう しおん》

:最古の剣術流派・念流の剣士。

 道場では師範代を務める、美しい男性。

 澄香に隼人を斬る助太刀を依頼される。

 紅羽瑠奈《くれはるな》

 居合道を志す少女。

 中学生時代に隼人と知り合う。

 |漆原《うるしばら》|夏菜子《かなこ》

 風華澄香のビジネスパートナーを務める。

 志良堂源郎斎《しらどう げんろうさい》

:鬼哭館の館長。鬼面の剣士を抱える。

 御老公とという老人に従い、隼人の始末に刺客を放つ。

 木場修司《きば しゅうじ》

:鬼哭館・師範代。源郎斎の右腕的存在。

 御老公

:氏名は現在不明。源郎斎を従える。

 杉浦正明に人身売買による女の供給をさせていた。

 高遠早紀《たかとう さき》

:隼人のクラスメイト。遅刻の常習者故に、生徒会副会長・小野崇から叱責を受ける。離婚で父親がおらず、母親、弟、妹と暮らす。

 友人に相川優、小森結衣が居る。

 黒井源一郎《くろい げんいちろう》

:質屋の主人。隼人に刀を売るアウトロー。

 隼人とは、お得意様の間柄。

 黒井沙耶《くろい さな》

:源一郎の娘。小学生。

 隼人とは顔見知り。

 

 世戸大輔《せと だいすけ》

:鷹村館の師範代。

 剣士でありながら女をターゲットに麻薬の売人を行う。

 《なにがし》の情報を得る為に、澄香によって斬殺される。

 杉浦正明《すぎうら まさあき》

:人身売買を行い、御老公に女の供給を行っていた男。

 隼人に始末される。

 《鎧》

:三人組の流れの剣士。志良堂源郎斎より、隼人の刺客として向けられる。

 「数胴」「袖崎」「兜」という名前。

 世戸重郎《せと しげろう》

:50代の剣術道場・鷹村館の師範。

 世戸大輔の父親でもあるが、道場の名誉を守る為に、澄香に大輔の殺害を依頼する。

 澄香の諱隼人のこと、《なにがし》が《闇之太刀》という秘太刀を使うことを伝える。

 小野崇《おの たかし》

:隼人が通学する高校の生徒会副会長。

 剣道を行うが、責任が強すぎる一面がある。

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