第16話 女子マネの事情

文字数 1,783文字

 放課後のパソコン予科室。

 ドアを開けると既に人がいた。男子バドミントン部のマネージャーが四人。一年生と二年生だった。

「ごめんね。遅くなって」

 三年生の二人、植田夏海(うえだなつみ)藤原梓(ふじわらあずさ)が謝りながら中へと入ってきた。

「いいえ。ちょうどよかったです。印刷も今終わったところで、これからチェックしようと思っていたところなんで」

 パソコンの前に座っていた真帆が彼女達に声をかける。
 机の上にはランキング戦の対戦表とタイムテーブルが数枚置いてあった。夏海と梓がそれぞれ手に取って、原本と見比べる。

「あら? 藤井君と佐々田君は出ないの?」

 対戦表を見ていた夏海が、名前がないことに気づいて口にする。

「今回は辞退するって言ってましたよ」

「ふーん、そうなんだ。珍しいね。強制じゃないけど、全員参加って暗黙の了解だと思っていたんだけど?」

 現に部員の中で参加しないのは彼らだけだった。解せない表情をしながらも、対戦表に目を通す。

「ですよね。成績を残せば一年生でもレギュラーになれるし、彼らは特に全中優勝者でしょ? 参加して当然と思ってましたから。そう思って確認したんですけど、答えはNOでした」

 実力はあるのにもったいないと思って、真帆は何度か藤と佐々に参加を促してみたのだが、その度に断られていた。「すみません、今回は参加しません」と頑なに拒絶する、ワケが分からなかった。

 レギュラーのチャンスは平等に与えられている。誰もが欲しいと願い、挑戦するのに、彼らは欲がない。自信がないわけではないだろうに、練習を見ていればそのくらいはわかる。まだ一年生だから次があると思っているのかもしれないが。

 実力至上主義は分かりやすいが、その実とても残酷だったりする。
 特に紫杏では日頃の実力や努力よりもランキング戦重視なので、この試合で勝たないとレギュラーになれない。だからこの時期は誰もが必死なのだ。実力が上だからと言って絶対に勝つとは限らない。一発勝負の恐ろしい所だ。

「真帆が出てダメだったんなら無理だろうね。それに、本人達に出場の意思がないのなら、仕方がないか」

 夏海は対戦表を机の上に置いた。

「夏海さん、今回は対戦表は何枚ぐらい用意します?」

 もう一人の二年生、佐野知香(さのともか)が聞く。

「そうねえ……300枚くらいでいいんじゃない?」

 夏海の答えに、

「300? 何に使うんですか?」

 驚いたような声を出したのは、一年生の谷原綾乃(たにはらあやの)だった。梓が綾乃の仰天した顔を面白そうに眺めながら、にかっと笑う。

「何にって、ランキング戦に決まってるじゃない?」

「ランキング戦って……部員は40名、ですよね?」

 部員の他にも、監督やコーチに配るにしても五十枚もあれば足りるはず。
 それなのに、なんで300枚? 綾乃はその数の配分が分からない。隣にいた一年生の脇坂未希(わきさかみき)も綾乃と同じような顔をしている。

「ふふ、そうだね。もちろん部員達にも配布するけど、後は観戦者用というかファンクラブ用?」

 夏海がふんわりと微笑みながら言った。

「「ファンクラブ?」」

 アイドルじゃあるまいし、一年生の綾乃と未希は顔を見合わせる。

「この様子じゃ、内情は知らないんだよね?」

「まあ、そうですね。そこまで話をする暇がありませんでしたから」

 夏海の言葉に真帆が苦笑した。

「確かにそうだね。初顔合わせの後はすぐにランキング戦だもんね。真帆、ちょうどいいから、説明して」

「わたし? こういう時は三年生がするんじゃないんですか? 夏海さん。梓さんもいるし、お姉さま方を差し置いて、わたしなんかが……」

「よくゆうわ~。男子たちに睨みを効かせられるのも真帆だけじゃん? この前のサッカー部の件にしても、真帆だから素早く解決できたんだし、わたしたちじゃね、そんなの無理だよね。ねっ、夏海?」

 梓は向かいの椅子に座り、夏海に目配せする。

「そうだね。そういうことだから、誰が話しても支障はないんだし、お姉さま命令ということで、どうぞよろしく」

 にっこり笑って話を振った夏海を見て、

「はい、はい。わかりました」

 真帆は渋々返事をした。そして、疑問符が頭の中にいくつも飛んでいるであろう一年生達

「「はい」」

「何故だかわかる?」

「「いいえ」」

 そのことは二人とも不思議に思っていた。部活紹介の冊子をパラパラとめくっていた時に目に入ったのだ。

 特進限定の女子マネ募集の文字。

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