第15話 男子部室では

文字数 1,727文字

「緋色ちゃん、上手でかわいくて、いいよなあ」

 男子バドミントン部の部室の中、誰かが言い出した。

「ほんと。実物の方がマジ、かわいい」

「オレ、ここのバド部に入ってよかったわ」

 誰彼となく言いだす。そのせいで男子部室の中がざわざわと騒がしくなった。

「まさかここにくるなんて思ってなかったから、超ラッキーだよな」

「ホント。ホント」

 中には去年のバド雑誌を取り出して、緋色の記事を見ている男子もいる。全中の特集記事だ。この時は表紙を飾り、ダークホースとしてだけでなく容姿の事でも騒がれた。雑誌を囲みながら、着替えながら、それぞれが緋色の話題で盛り上がっている。

「ユッキー、緋色ちゃんどうよ?」

「かわいいよねえ。あんなかわいい子初めて見たし」

 なぜか照れたように頭を掻く裕幸を見て、

「あー、お前も緋色ちゃん狙いかよ」

 二年生の何人かが叫んだ。

「悪いか!」

「ユッキー、お前はやめとけ」

「なんでだよ」

「なんでって、お前モテるじゃん。女子はいっぱいいるんだから、そっちから選べよ」

「はっ? 意味わかんねえ?」

 裕幸はぽかんとした顔で首をひねった。

「ライバルは少ない方がいいし」

「そんなの勝手だし、誰を好きになろうと自由だし」

 言った裕幸の首を誰かが後ろから軽くしめた。それを発端に裕幸は二年生達からもみくしゃにされる。

「ユッキー、ぬけがけすんなよ。それに緋色ちゃんが、誰かのものになるっていうのもなあ」

「だよな。だったら、緋色ちゃんはみんなのものということで」

 だんだんと格闘技の様相を呈してきた。

「ナイス! アイディア。き―まり」

 その言葉に賛同するように一斉に拍手が起きた。話がまとまると本格的に格闘技が始まる。標的はまたもや裕幸だった。一層もみくしゃにされた彼が助けを求める。

「龍生、助けてえー」

 困った時の龍生頼み。
 窓際の椅子に腰かけて本を読んでいた龍生が、チラリと視線を裕幸達に投げた。
 技をかけられている裕幸と周りで騒ぐ二年生達。冷ややかな一瞥と呆れたように吐き出された大きなため息。龍生が分厚い立派な装丁本を閉じた。

「言っとくけど、桜木緋色にも選ぶ権利あるから。それに……彼氏いるかもよ? あんまり調子に乗らない方がいいと思うけど?」

「「「……」」」

 盛り上がりに水を差すような龍生の言葉に、一瞬、室内が静かになった。

「……やだね、これだからモテるやつは。夢ぐらい見させろよ」

「そうだ、そうだ。龍生、お前も制裁じゃあ」

 ニヤニヤ顔の男子に腕を引っ張られて、輪の中へと放り込まれた。

「俺はほら、文学少年だし、体育会系じゃないし、格闘技系はちょっと、それにほんとうは、体弱いし……」

 ジリジリと寄ってくる二年生達に、無駄な抵抗だとわかっていても、ストップをかけながらつらつらと言い訳をする。

「よし、よし、わかった。丈夫になるように鍛えてやるから、覚悟しろ」

 結局……龍生も餌食になった。ワーワーとはしゃぐ二年生達。

 やれやれまた始まったか、ぐらいの調子で生暖かく見守る三年生達。一年生は茫然としているものと面白そうに眺めているものがいる。一年生は二年生寄りな感じがする。

 そんな騒ぎを目の端で見ながら、藤と佐々は小さく息をつく。
 入学式当初から、ちらほら緋色のうわさは聞いていた。今日の初顔合わせで、本人を見たことでさらに、彼らのテンションが上がってしまったようだ。にしても、やり過ぎだろう。二年生はいつの間にか全員参加、既に収集がつかなくなっている。

 彼らはそっーとロッカーの扉を閉めた。

(うざっ!)

 にぎやかなことは嫌いではないが、今は勘弁してほしいというのが、二人の正直な感想だった。

「今日からだよな」

 藤が重い口を開いた。

「うん。今日からだね」

 佐々も同じように答える。

「お先に失礼します」

 小声であいさつすると、騒ぎを無視して人知れず部室を出て行った。



********


 待ち合わせ場所に行くと、すでに緋色と里花がいた。

「遅かったわね」

 里花が待ちくたびれたように言った。

「ごめん」

 部室での一連の騒ぎを見てましたとは言えず、ましてや初日で「緋色は男子部員のアイドルになりました」とは、なおさら言えるわけもなく……
 彼らは素直に謝ると一緒に歩き出した。
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