第8話 部活デビュー

文字数 1,742文字

バドミントン部の練習日。

 今日は新入生の初顔合わせの日で、男女部合同で行うことになっている。
 監督とコーチの紹介の後、新入生の自己紹介があった。
 それも終わって、そろそろ男女分かれて、練習に入ろうとみんなが準備を始めようとしていた時だった。

「監督、ちょっと提案があるのですが」

 そういったのは、大学生コーチの水木香織(みずきかおり)だった。
 赤みのあるウエーブのかかった長い髪をシュシュでまとめポニーテールにした女性。

「なんだ?」

「はい。せっかく全中優勝者がいるので、桜木緋色さんに模範試合をしてもらったら、どうかと思って」

(試合? わたし?)

 急に名前を出された緋色は戸惑う。

 上級生がデモンストレーションで手本を見せるのなら分かるが、新入部員がいきなり試合とは……

「香織、何言い出すんだよ」

 突拍子もないことを言い出した香織に対して、隣にいた男子コーチの長谷川優太(はせがわゆうた)が肘をつつく。
 好青年といった感じの穏やかな雰囲気をもつ男性だ。

「だって、見てみたいじゃない? 亮が育てた選手よ。興味あるじゃない?」

 耳打ちするように小声で優太に言った。

「それはそうだけど、全中見に行っただろ?」

 それにこれから彼女を見る機会は充分にある。窘めるような口ぶりで言ってみたが、香織はそのくらいでは意に介さない。

「何か月前の話? それとこれとは別よ。それに見てよ。この盛り上がり」
 
 香織は男子生徒達に顔を向ける。

「おお、いいねぇ」

「賛成。見たい。お願いしまーす」

 わーと男子達から歓声が上がっている。男子はお祭り好きが多い。楽しいイベント大歓迎である。
 普段の練習は男女同じ体育館だが、扉で仕切られているので、お互いに見ることはあまりない。ましてや女子のレベルはそう高くはないので、今年、全中優勝者が入ってきたことがうわさになっていて、みんな少なからず、いや、かなり興味があったのだ。新入部員の紹介の時から緋色に視線が集中していた。

「水木、まったくお前は」

 男子部の監督、南康之(みなみやすゆき)は、香織を見ながら困ったように息を吐いた。

 三十代後半の中肉中背のまだ若い監督。実業団を経てこの学校の教師となった。それ以来、現在では全国優勝も何度も経験し、全国でも名の知れた強豪校へと押し上げたカリスマ監督だ。

 優太と香織はここの卒業生で、今大学二年生なので三年生は知っている。

 女子の監督は小野圭吾(おのけいご)。どこか育ちの良さを感じさせる物腰をしていた。彼は新任で初監督なので、ここの事情に慣れてはいない。

 男子の中では手拍子が起こっている。

「監督、なんていうかな?」

「大丈夫よ。ランキング戦だって監督が始めたんでしょ。困ったふりをしているだけよ。こういうの、好きだと思うなぁ」

 困惑気味な優太とは対照的に香織は楽しそうだ。目が輝いている。

「わかった。試合するか。いいか? 桜木」

 監督の声に、

「ほらね」

 香織は得意気に優太にウィンクした。
 男子部員達から、わーと歓声が沸き大きな拍手が起こった。

 一応、本人の了解をとるような言い方だが、断れるような雰囲気ではない。緋色はしかたなく返事をした。

「じゃ、準備して」

 男子は大歓迎。女子の一、二年生はわりと好意的な感じだが、三年生はあまりいい顔はしていない。
 緋色はいったん女子の体育館へ行き、バックを持って戻ってきた。それから、ストレッチを始める。

「緋色、大変なことになったわね」

 体を動かしている彼女のすぐそばに来たのは里花。

「うん。なんか断れなかった」

「あの様子じゃね。わたしでも、断れないわ」

(周りの盛り上がりに押し切られた感じ)

 里花は監督と男子部員たちを横目でちらりと見ながら言った。それから、香織の方に視線を移す。彼女は、にこやかな顔で優太と話をしていた。

(大学二年生。しかもここのOBか。まったく余計なことをするわね)

 里花はチッと小さく舌打ちをした。

「じゃあ、相手は誰にするか……そうだな。こういう機会も中々ないから、男子、誰かするか?」

 不意打ちのような監督の言葉に男子部員達がざわめく。

「監督さすがね。女子は絶対やりたくないだろうし、三年生なんかすっごく緊張して青ざめてたもんね。男子だったら、余興的にも充分ね」

 香織は監督の采配に感心する。よく分かっている。

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