第14話 ゲームオーバー

文字数 2,076文字

 扉が閉められ、改めて静けさが訪れたコートの中で、緋色は落ちたシャトルをラケットで拾い、左手に収めると、大きなフォームで裕幸へと送り出した。そしてそのまま二人は何度か打ち合った。

 その後、緋色は自分のところに来たシャトルを打ち返さず、落下に沿ってラケットを差し出して受け止め、そのまま小さく放ると、バックハンドでシャトルを裕幸の前へと軽く返した。
 胸のあたりで、シャトルをすくうように動かした裕幸のラケットの上におさまった。

 試合再開の合図だろう。
 一連の動作があまりにも自然できれいで、真帆は見惚れてしまった。

 バドミントンですごいなと感心してしまうのは、実は打ち合う合間の何気ないシャトルの扱い方だったりする。
 床に落ちたシャトルをラケットで拾うという初歩的な動作。バドミントンをしている者ならば当たり前のようにやってしまうことも、すぐにできるわけではないのだ。

 真帆は未経験者で、ルールもマネージャーになってから覚えた。今では審判もできるようになったが、ラケットもこの時初めて触った。部員達が簡単にやっていることだからと思って、難無くできると軽く見ていたら、見事にできなかったのだ。

 シャトルが思うようにラケットに乗ってくれない。何度も練習をして、やっとできるようにはなったが、その動きはぎこちない。自由自在に操るというところまではいかない。わたしはマネージャーで実際バドミントンをするわけではない。と自分に言い訳して早々に諦めた。でも、だからこそ、たわいもないことに目がいってしまうのかもしれない。

「8点か。男子相手に、この点数は上出来、なのかな?」

 微妙な点数だ。緋色ならもう少し取れそうな気がするのに。藤は首を傾げる。

「そうだね。動き自体は負けていないと思うから、もうちょっと頑張って二桁にのせてほしいところだけど」

 佐々もイマイチ府に落ちないという体で話す。

「そうだな。うーん。なんか緋色、ちょっとペースおとした?」
 
 試合の流れを見ていた藤が、今までと違う動きに気づく。

「あー。そうかも。里花が何か言ったんだよ。試合前に話していたから」

 思い当たる節を考えて、佐々も同意する。

 さっきよりもコースが厳しくなり、まるで練習のように、ラインもよりぎりぎりを狙っているようだ。ラリーは続いているが、8点が最高だったのだろう。
 それ以上は点数を取る気はないみたいだ。勝ちにいく気があれば、そこまで狙うコースを厳しくしないはずだし、もう少し粘るはずだ。裕幸相手にどこまでやれるのか、本気の緋色を見てみたいと思ったのだが。

「それでか」

 二人は納得したように緋色を見ていた。

(こいつら、彼女のコーチか)

 心の中でツッコミを入れたのは、二年生の阿部龍生(あべりゅうせい)だった。
 スポーツ選手にしてはやや長めの髪に、眼鏡をかけ、冷静沈着な性格を覗わせる少し冷ややかな顔立ちをしている。
 裕幸のダブルスのパートナーだ。
 
 龍生も初めは普通に裕幸達の試合を見ていたのだが、周りの応援に加わるわけでもなく、静観していた彼らの姿が目に留まり、不思議に思って、二人のやりとりを背後で聞いていた。彼女のプレイをよく知っているような口ぶりに、?マークが頭の中に並んでいたが、そういえば自己紹介で確か……同じ中学校だったということに思い至った。


 「ゲームオーバー」

 試合が終わった。みんなから拍手と歓声が起こる。点数差はあったが、見ごたえのある試合だった。緋色は裕幸と握手を交わすと、里花の方へやってきた。

「いい試合だったよ。頑張ったね」

 里花はタオルを手渡した。

「ありがとう」

 緋色は、満足げな表情でタオルを受け取ると汗を拭いた。

「ほんと。緋色ってすごいのねえ。松嶋先輩って全国覇者でしょ。その人と対等にやれるってすごいよ」

 手放しで感嘆の声を上げる菜々に、緋色ははにかんだような可愛らしい笑顔を向けた。

(途中で思い出したんだよね。里花ちゃんの言葉。あの人強かったから、できれば、もう少し続けたかったな)

 振り返って裕幸を見ると、人気者らしく男子達に囲まれている。

「ユッキー、おつかれー」

「いい試合だった」

 男子達が次々と声をかけ、そのたびにハイタッチをする。

「どうだった?」

 一息ついて、スポーツドリンクを飲んでいた裕幸に龍生が尋ねた。

「強かった。始めは軽くでいいかなと思ってたんだけど、彼女上手だね。なかなか一発で決められないし。わりと本気で頑張った」

「へぇ、おまえがね。じゃあ、彼女本当に強いんだ」

「うん。緋色ちゃん、かわいいよね」

(そっちにいったか)

 裕幸に真面目な感想を聞くのも、性格上、無理な話だった。



*******


「試合終わったね。なかなかよかったんじゃない。大丈夫そうだね」

 晃希は安心したように大きく伸びをした。

「そうだな」

 翔は相変わらず淡々とした口調だ。

「里花ちゃんも、それに、藤と佐々もいるしね。さてと、部活に行こうかな」

 晃希が立ち上がった。翔も立ち上がる。



『緋色は天才だよ』 

 いつかの言葉が甦る。

 
 もう一度だけ、緋色を見ると、二人は体育館を出て行った。
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