第4話 思いがけない再会
文字数 1,860文字
「そういうあなたたちは、馬子にも衣裳ってところかしら?」
里花が茶々を入れるとはっと、彼らの表情が変わった。
よかった。ようやく現実に戻ってきてくれたようだ。
「それって、褒め言葉?」
里花のからかうような言葉に、訝しげに見やりながら茶化した感じで藤が聞く。
「そうなんじゃないの? 辞書で調べてみましょうか?」
まじめな顔で里花はポケットからスマホを取り出すと、電源を入れる。
「いや、そこまでしなくていいから」
本当に検索するとは思っていなかった佐々が、慌てて右手を差し出してストップと里花を制する。どう考えても、誉め言葉に聞こえないものの意味合いを改めて知っても、うれしいわけはない。
「あら、そう?」
すでに検索し終えていた里花は、画面を見ながら残念そうにスマホの電源を落として、元の場所へと仕舞った。
「ところで、今日も練習だったわよね」
里花が話を切り替える。
「そうなんだよね。入学式の日だってのに、こんな時くらいは休ませて欲しいよな」
がっかり感を隠せない藤がぼやく。
「特待生だしね、それに総体も控えているし」
佐々はしょうがないって顔で肩をすくめた。
「さすが全国大会常連校ともなると、違うのね」
彼らは去年の夏バドミントンの全国大会でダブルス優勝の功績で、特待生として入学したのだ。しかも特待生の特権らしく春休みから練習にも参加していた。
「女子は?」
「一年生はまだなんじゃないかしら? 入部届を出してからになるんじゃない?」
里花が答えた。
「じゃあ、しばらくは一緒に帰れないな」
残念そうな佐々の声。
「そうね。でも明るいうちには帰れるから。ところで、そろそろ、行かないとやばいんじゃない?」
里花の言葉にキョロキョロと辺りを見渡すと、随分と生徒が少なくなってきている。
「ホントだ。入学早々遅刻はやばいよな」
藤の焦ったような声に三人が頷く。
新一年生は教室へと入ることになっていた。なるべく気付かれないように中に入り、なおかつ、クラスメートに埋もれて、どこにいるかわからない。これが里花の理想なのだ。
********
一年生の進学科の教室。
男女合わせて四十人で割合は半々くらいだ。担任も来ていない入学式前の空き時間。みんな緊張感はありつつも、教室の中は友達同士のおしゃべりと初対面同士のぎこちない会話とで、ざわざわしていた。
(ここでもなのね)
里花は緋色とにこにこと話をしながらも、こちらを窺うようにちらちらと見てくる男子達の視線と、彼らを追うように、こちらを見つめる一部の女子達の嫉妬絡みの視線にうんざりしながらも諦めたように、心の中でため息をついていた。
校内に入った時から感じていた視線。ほとんどの生徒が緋色を見ていることは知っていた。こんなかわいい子はめったにいないから、どこに行っても衆人の目を集めてしまう。
極力音を立てないように、そぅーと教室の扉を開けたはずなのに、一斉に注がれた視線。歓喜を含んだどよめき。なぜだか拍手まで。
教室に一歩も入らないうちから注目されるとか……なんなの、いったい。
(はぁー……また一からやり直しかしらね)
現実は理想とは程遠い。
注目されることにもいい加減慣れていた里花ではあるが、仕切り直しはやむを得ない感はありありだった。
(静かで普通な学校生活―― ここでは送れるのかしら?)
そんなことを考えている最中だった。
「川原さんと桜木さんだよね?」
突然、女子生徒に声をかけられた。
教室に入った時にざっと確認した時には、同じ中学出身者はいなかったはず、いたとしてもそうそう話しかけることはないだろうなどと思っていたから、まだ知らないはずの名前を呼ばれ、少し驚きつつよく見ると、見覚えのある顔だった。
「秋月さん」
里花がするりと彼女の名前を口にした。
緋色は誰だっけ? と見知らぬ人を見るように、きょとんとしている。
秋月菜々 。
ショートボブの髪と溌剌とした表情の明るそうな少女である。時々練習試合を行っていた中学校で、すっかり顔なじみになっていた。
「やっぱり……久しぶりだね。でもまさか、クラスメートになるなんて思わなかった」
思いがけない再会に菜々の顔がほころぶ。
「桜木さんとも。てっきり、どこか強豪校に行くんだとばかり思っていたし」
「……」
緋色はうまく言葉が見つからなくて曖昧に笑う。
「秋月さん」
里花が手を差し出した。
「これから三年間よろしく。部活はバドミントン部だよね?」
「もちろん」
菜々が力強く頷いた。
三人は握手を交わして高校生活がスタートした。
里花が茶々を入れるとはっと、彼らの表情が変わった。
よかった。ようやく現実に戻ってきてくれたようだ。
「それって、褒め言葉?」
里花のからかうような言葉に、訝しげに見やりながら茶化した感じで藤が聞く。
「そうなんじゃないの? 辞書で調べてみましょうか?」
まじめな顔で里花はポケットからスマホを取り出すと、電源を入れる。
「いや、そこまでしなくていいから」
本当に検索するとは思っていなかった佐々が、慌てて右手を差し出してストップと里花を制する。どう考えても、誉め言葉に聞こえないものの意味合いを改めて知っても、うれしいわけはない。
「あら、そう?」
すでに検索し終えていた里花は、画面を見ながら残念そうにスマホの電源を落として、元の場所へと仕舞った。
「ところで、今日も練習だったわよね」
里花が話を切り替える。
「そうなんだよね。入学式の日だってのに、こんな時くらいは休ませて欲しいよな」
がっかり感を隠せない藤がぼやく。
「特待生だしね、それに総体も控えているし」
佐々はしょうがないって顔で肩をすくめた。
「さすが全国大会常連校ともなると、違うのね」
彼らは去年の夏バドミントンの全国大会でダブルス優勝の功績で、特待生として入学したのだ。しかも特待生の特権らしく春休みから練習にも参加していた。
「女子は?」
「一年生はまだなんじゃないかしら? 入部届を出してからになるんじゃない?」
里花が答えた。
「じゃあ、しばらくは一緒に帰れないな」
残念そうな佐々の声。
「そうね。でも明るいうちには帰れるから。ところで、そろそろ、行かないとやばいんじゃない?」
里花の言葉にキョロキョロと辺りを見渡すと、随分と生徒が少なくなってきている。
「ホントだ。入学早々遅刻はやばいよな」
藤の焦ったような声に三人が頷く。
新一年生は教室へと入ることになっていた。なるべく気付かれないように中に入り、なおかつ、クラスメートに埋もれて、どこにいるかわからない。これが里花の理想なのだ。
********
一年生の進学科の教室。
男女合わせて四十人で割合は半々くらいだ。担任も来ていない入学式前の空き時間。みんな緊張感はありつつも、教室の中は友達同士のおしゃべりと初対面同士のぎこちない会話とで、ざわざわしていた。
(ここでもなのね)
里花は緋色とにこにこと話をしながらも、こちらを窺うようにちらちらと見てくる男子達の視線と、彼らを追うように、こちらを見つめる一部の女子達の嫉妬絡みの視線にうんざりしながらも諦めたように、心の中でため息をついていた。
校内に入った時から感じていた視線。ほとんどの生徒が緋色を見ていることは知っていた。こんなかわいい子はめったにいないから、どこに行っても衆人の目を集めてしまう。
極力音を立てないように、そぅーと教室の扉を開けたはずなのに、一斉に注がれた視線。歓喜を含んだどよめき。なぜだか拍手まで。
教室に一歩も入らないうちから注目されるとか……なんなの、いったい。
(はぁー……また一からやり直しかしらね)
現実は理想とは程遠い。
注目されることにもいい加減慣れていた里花ではあるが、仕切り直しはやむを得ない感はありありだった。
(静かで普通な学校生活―― ここでは送れるのかしら?)
そんなことを考えている最中だった。
「川原さんと桜木さんだよね?」
突然、女子生徒に声をかけられた。
教室に入った時にざっと確認した時には、同じ中学出身者はいなかったはず、いたとしてもそうそう話しかけることはないだろうなどと思っていたから、まだ知らないはずの名前を呼ばれ、少し驚きつつよく見ると、見覚えのある顔だった。
「秋月さん」
里花がするりと彼女の名前を口にした。
緋色は誰だっけ? と見知らぬ人を見るように、きょとんとしている。
ショートボブの髪と溌剌とした表情の明るそうな少女である。時々練習試合を行っていた中学校で、すっかり顔なじみになっていた。
「やっぱり……久しぶりだね。でもまさか、クラスメートになるなんて思わなかった」
思いがけない再会に菜々の顔がほころぶ。
「桜木さんとも。てっきり、どこか強豪校に行くんだとばかり思っていたし」
「……」
緋色はうまく言葉が見つからなくて曖昧に笑う。
「秋月さん」
里花が手を差し出した。
「これから三年間よろしく。部活はバドミントン部だよね?」
「もちろん」
菜々が力強く頷いた。
三人は握手を交わして高校生活がスタートした。