第12話 乱入者たち

文字数 1,939文字

「こんなにラリーって続くもんだっけ? 緋色もよく粘る」

 最初は遠慮がちだった緋色の動きも、試合が進むにつれ良くなってきている。裕幸の速さに順応している証拠だろう。それを見て佐々が感心するように言う。

「うん、やっぱり強いな」

 藤も同じように感じている。

 できればやらせたくなかったが、あれだけ盛り上がれば仕方がなかった。それに反対すれば変に思われる。なりゆきを見守るしかないと思っていたのだが、いざ試合が始まるとしっかりのめりこんでいた。

 全国大会が終わって、引退してからは受験に専念していたから、ラケットを持ったのは受験が終わった二月からだった。
 それからちょくちょく練習をしていたから、力が落ちていることはない。

 男子と対等にやれるだけの実力があるのはわかっている。
 自分たちもそうだったのだ。緋色の想像以上の強さにかなり焦ってしまった。これでは練習相手にならないと、もっと強くならなくてはと、今も思っている。 
 最初は明らかに余裕を感じさせた裕幸も、今では真剣そのものだ。

「ずっと思ってたんだけど、これは、教える方が上手だったのか、教えられる方に才能があったのか。どっちなんだろう?」

 緋色のプレイをじっと見ながら言う藤の言葉に、

「どっちもじゃないの? どちらかだけでも伸びないだろうし? コーチと選手っていうのはさ。相性とか、信頼関係も重要だし……でも、やっぱり思うのは素直さかなって思う。すべてを吸収してしまうあの素直さ。それが一番の才能だよなあ」

 佐々が羨ましさを滲ませて言った。
 干上がった土地に見る間に雨水が吸い込まれていくように、限界を感じさせない吸収力は、きっと教えた者でなければ分からない。
  
「両方、か。そっか、そうだよな。確かにそう思う。それに、素直さも才能っていいこと言うね。拓弥」 

 藤がポンポンと佐々の背中を叩く。

「それよりもさ、この騒ぎ……どうにかならないわけ」

 佐々が顔をしかめる。試合が進むに従って、高くなる歓声。声援。女子達は静かだが、男子達はひどくなる一方だった。

「そうだよな。『緋色ちゃん』ってどんだけ馴れ馴れしいんだよ」

 藤も苦々しく吐き捨てるように言う。

「ここに来てよかったのかな? やっぱり……選択、間違えたのかも……」

 佐々は中学とは違う騒がしさに少々後悔する。

「ホントに、そうかも……でも、どこに行っても変わらないとは思うけどな」

 同じ学校で目が届く分、まだましかなとは思うが。
 緋色のアイドル並みの人気は今に始まったことではないが、一向にやむ気配のない声援を周りから聞かされ、うんざりする二人だった。


「やっぱりすごいわね。亮って教えるのも天才的だったのね」

「ああ、ほんとにそうだな」

 優太も香織の言葉に頷く。
 基礎がしっかりしているからすべてが安定している。それに、球のもっていき方が上手だ。

「これからが楽しみね」

 香織は今後に期待しながら緋色を見ていた。と、それぞれが盛り上がっている最中だった。


 ガララッという盛大な音とともに、一陣の風がコートの中を通り抜けた。

 そのせいでシャトルが風で押し戻され、不安定に揺れた。通常ならあり得ないシャトルの動きに、緋色は足を止める。シャトルは風の流れに乗り、コートの外へと落ちた。 
 
 一瞬にして、静まり返った館内。
 次の瞬間、一斉に集まる視線。

 バドミントン部員達が目撃したのは、開かれた扉とその反動で倒れた何人ものサッカー部員達。彼らも一斉に注目された恥ずかしさと、場が白けたような静けさに、何とも言えない気まずさの中固まっていた。

 そんな彼らのもとへ、すっと影が差した。
 一斉に見上げると、一人の女子マネージャーが立っていた。

「サッカー部の皆さん。ごきげんよう」

 どこぞのお嬢様学校のような挨拶をすると、腕を組み、仁王立ちで彼らを見下ろした。

 竹内真帆(たけうちまほ)
 六人いる女子マネージャーの一人。特進科の生徒で統率力と洞察力はこの中でも一番で、三年生からも監督からも信頼されている二年生の女子マネージャーだった。

「「「……」」」

 言葉は優しいのに、眼鏡の奥のどこまでも冷ややかな瞳には迫力がある。

 サッカー部員達は、のろのろと立ち上がった。
 中ではバドミントン部員達がしんとした空気の中、彼らを見ていた。
 恥ずかしい……これはかなり恥ずかしい。

「バドミントン部は部活中。ということはわかっていますよね?」

 真帆は丁寧な言葉遣いの中に尊大さを含ませて、ゆっくりと口を開く。
 サッカー部員達は、感情を抑えた声にひやりとするものを感じ、身を縮こませながらこくこくと頷く。

「しかも今、試合中なんですよね?」

 真帆の後ろへと視線をはしらせると、緋色と裕幸が動きを止めたまま、こちらを見ていた。
 
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