第7話 面影を探して

文字数 632文字

 緋色は重々しい扉を開けて中へ入る。

 足を踏み入れたのは、第二体育館。バドミントン部専用。
 コートが九面できる広さで、コートではネットが緩められていた。何か特別なことが無い限り、すぐに部活ができるように準備されている。二階には観客席もある。部活時は光を遮るようにカーテンで閉め切られる窓は、今は全てのカーテンが開け放たれていて、太陽の光が館内へと降り注いでいた。
 扉で仕切られた奥にも体育館がある。そこはバドミントン部の女子が使っている。

 シャトルの音、コートを動き回る靴音、部員たちの声。放課後の喧騒がうそのように今は何もかもがしんと静まり返り、物音ひとつ聞こえない。

 その中にただ一人緋色はいた。

(ここだ。ここで練習していたんだね)

 何かを想像するように目を閉じると、その空気を取り込むように、一度大きく深呼吸をした。

(お兄ちゃん)

 今でも思い出すと胸が締め付けられるように苦しい。心臓の上の手を握りしめ、どくどくと血があふれだしそうな痛みに耐えるように、ぎゅっと目をつむる。
 泣きたくなる気持ちを心の奥に閉じ込めて、

(大丈夫。わたしは大丈夫)

 呪文のように自分に言い聞かせる。
 あの頃よりもずっとましになった。だって、笑えるようになったから。握りしめていた手の力を少しずつ抜いて顔を上げる。

「大丈夫だよ」

 今度は口に出して言いながら、笑顔を作った。

 そして、体育館をゆっくりと見回しながら、何かを懐かしむように、面影を探すかのようにしばらくの間、佇んでいた。
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