第7話 ざまぁ、DV男 ー自分を取り戻すんだー

文字数 3,076文字

 先ずはロレックスの腕時計とクロムハーツのネックレスをテーブルの上に並べる。
 次はクロムハーツの長財布。
 全部私が買ってあげたものだ。
 兎に角この財布も買い取り業者に買って貰おう。
 無意識に中身の現金を数万円を取り出して横に除けていると、風呂場から戻ってきた奈津子に言われた。
「遥ぁ、あんた何やってんの。
 その財布の中身も元は遥のお金でしょ」
「あっ、そっか」
 言われて初めて気付いている自分の馬鹿さ加減に、我ながらうんざりする。
 マジで最低の馬鹿女だった私。
 あの同窓会の日参加費用の三千円さえなくって、実家の親にセビりに行ったくらいお金が無かった。
 僅かな給料なんて、殆ど馬鹿男に毟り取られていた。
 何でだろう。
 何で離れられなかったんだろう、馬鹿男から。
 ボコられて、甘えられて、またボコられて、甘えられる。
 その繰り返しの中で、何度か馬鹿男から逃げようと思ったこともあるけど、でも、やっぱ怖かった。
 殴られたり、蹴られたり、髪を引っ張られたり、そんなボコられっぱなしのDV漬けの毎日。
 おまけに給料も丸ごと持ってかれて職場で一番の貧乏。
 大したコネもなく、大した実家が有る訳でもない専門学校卒の平凡な女なのに・・・・・。

 帝トラ出身の私達は大体が旅行関係。
 旅行代理店のカウンター勤務か、じゃなかったらホテルの宴会のサービスか、客室係とかのきつい現場に出されるのが相場。
 特に近頃はウェブサイト中心で集客をするのが当たり前で、店舗を構える旅行代理店なんて数えるほどしか無い。
 そうなると大卒でも、益してや院卒でもないウチらなんて、ホテルの現場くらいしか行き場がない。
 ホテルの現場と言ってもフロントマンとかコンシェルジュとか、そんな花形の仕事はウチら専校卒の女には永遠に廻ってこない。
 事務方の楽な仕事なんて夢のまた夢だ。
 現場で汗だくになって毎日サービスを提供する。
 そして来る日も来る日も詰まんない苦情で頭をぺこぺこ下げて、しかも現場のマネージャーにボロクソに言われる。
 たまには宴会場で酔っ払った客にお尻を触られたりもする。
         ー21ー

 かと言ってそんなことでイチイチ目くじらを立てていると、マネージャに睨まれてそれこそ居場所がなくなる。
 パワハラとかセクハラとか、そんなのは大卒以上の女に与えられた特権だ。
 ウチら専卒の女には最低限の権利さえないのが現実。
 そんな私に取って唯一の癒しと言うか、喜びが優斗(ゆうと)と過ごす時間だった。
 早馬優斗(はやまゆうと)って、馬鹿男のくせに名前だけは格好良かった。
 DV男のくせに、何か、ずっと、好きだった。
 でもやっと分かった。
 私は優斗に恋してるんじゃなくて、優斗に恋してる私に恋してたんだって・・・・・。
 私の馬鹿、馬鹿、馬鹿。
 で、何か怖くなって別れようとしたときも、めちゃくちゃにボコられた。
 次の日東都セントラルホテルのバンケットサービスをしている私は、『表に出れない』顔になった。
 表に出れないとはゲストの居る宴会場に出れないと言うことで、つまり仕事が出来ないと言うことだ。
 バンケットサービスと言えば何か格好付くけど、要するに宴会場の配膳人の私をお客の前に出せない、と、言うこと。
 なのでその日私は、裏方の仕事を少し手伝って早引きさせられた。
 馬鹿男にDV受けてるなんて言える訳もないし、お決まりの階段から落ちたとか、こけたとか、ぶつかったとか。
 何回もそうやって青タン作った言い訳をしていると、どのときに何の言い訳したかなんて思い出せなくなる。
 その辺りのことは奈津子と雪乃には言った。
 奈津子はプリンセスホテルの客室係で、雪乃は東京ファイブスターホテルのバーで勤務している。
 なのでそこら辺りの辛さは誰よりも分かってくれる。
 やっぱ同窓の同業者が一番だ。

 私がそんなことを何やかやと考えてる間中も、奈津子と雪乃はせっせと動いていてくれた。
 気が付くと凄い量の馬鹿男の私物が、テーブルの上に並べられていた。
 こんなにも私は毟り取られていたのか、と、思うと驚きなんか通り越してもうホラーだ。
 怖すぎる、私の馬鹿さ加減。
         ー22ー

 毎日何もかんもにビクビクして、んでもってボコられて、職場でも文句ばっか言われて、でも、何時の間にかそれが日常になって、泣くことも忘れていた。
 別れようと切り出すこと自体恐怖だった。
 でも、今、奈津子と雪乃に協力して貰って、やっと・・・・・。
 そう思うと何か泣けてきた。
 涙を流す私の肩越しから、ふいに萬札が束みたく握られた手が差し出された。
「馬鹿男、めっちゃ貯め込んでるよ。
 これ全部遥の金だかんね」
 奈津子はそう言って私のバッグに、その束みたくなった萬札を詰め込んだ。
 私の部屋なのにこんなにお金があることさえ知らなかった。
「これさぁ、殆どがビデオデッキのビデオの差込口に突っ込んであったんだよ。
 まあ、今はもうビデオなんか見ないもんね。
 遥、あんたの馬鹿男相当ひどいね」
 私は泣きながら黙って肯きくしかなかった。
 
 ピンポーン。

 玄関のチャイム音を聴いて、私は涙を拭きながら立ち上がった。
 私が来訪客をモニターで確認するより早く、雪乃が後ろから私の背中に言った。
「遥、買取業者さんだから入って貰って」
 
 部屋の中に買取業者の中年のおじさんを通すと、馬鹿男が身に付けていた品物を手に取ったり、電卓を押したり、はたまたスマホで確認したりと、何だかんだ格闘すること数十分。
 やがておじさんに買取金額を告げられた私はびっくりした、と、
言うか、やっぱ驚きを通り越してホラーだ。
「百二十五万円になります。
 買われたときはもっと高かったんでしょうが、これが一杯一杯でして・・・・・」
 金額を聴いてボーっとして眼を見開いている私を尻目に、奈津子と雪乃が声を揃えた。
「ん、なことないでしょう。そんな低い?」
 咳払いをひとつしたおじさんは、直ぐに電卓を叩いて私達の眼の前に差し出した。
「では、こんな感じで・・・・・。
        ー23ー

 何と仰られてもこれが限界です」
 電卓の画面には、1、300、000と数字が表示されていた。
 私がおじさんに肯こうとしたそのとき、奈津子は私の首から馬鹿男とお揃だったクロムハーツのネックレスを剥ぎ取った。
「じゃこれも見て」
 差し出されたおじさんは私の方を見た。
「いいんですか」
 おじさんにそう聴かれてどうしようか迷っている私。
 答えを出せないでいる私の腕を、ふいに横から掴みとった奈津子が私に言った。
「いいね、遥。
 全部忘れるんだよ。
 で、さよならするの、今ここで。
 そんで自分を取り戻すんだよ、遥」
 そう言ってくれた奈津子と、その横で腕組みしながらうんうんと肯いている雪乃を交互に見ながら、私は強い口調で応えた。
「そうだよ。
 絶対にさよならしてやる。
 で、自分を取り戻すの。
 その為にマネージャーにごちゃごちや言われながら、わざわざ今日有給取ったんだもん」
 力強く肯いてその後大きく息を吐き出した私は、薬指に嵌めていたクロムハーツの指輪をテーブルに叩き付けた。
「これも」
 したらその後、もう一度奈津子と雪乃が声を揃えて言った。
「これで百五十万で!」

         ー24ー
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