第8話 ざまぁ、DV男 ーそれだけは持っててもいいー

文字数 2,388文字

 買取業者から百五十万を受け取り、こんなにも私は搾り取られていたのか、と、茫然と札束を眺めていると、奈津子が言った。
「それでも半分にもなってないんだろうけどね。
 でも幾らかでも回収出来たんだから、よしとしなよ」
 確かにそうだ。
 すくなくとも今日からはお金を毟り取られなくても済むし、ボコられることもないのだ。
 でも何か怖い。
 ボコられることの怖さもあるけど、馬鹿男でも居れば独りにならなくてもいいから・・・・
・独りになることの怖さも、ある。
 顎を左右に振る。
 ダメ、ダメ、そんなんじゃ、駄目。
 はあ、私って、何て最低なの。
 それにさっきから気になって仕方がないことがある。
 馬鹿男の優斗が起き出してきたらどうしよう、って。
 不安になってる。
 私がそんなことを考えてるのを見透かしてるみたいに、トイレから出てきた雪乃が言った。
「さぁ、DV男が置き出す前に、引越しすっかぁ」
 奈津子が続けた。
「おぅ!」
 ふたりが声を上げて間も無く、引越しサポート隊が駆け付けてくれた。
 奈津子がプリンセスホテルの客室係の同僚を、雪乃が東京ファイブスターホテルのバーで勤務している同僚を呼んでくれたのだ。
 今、このときに怖いとか言ってる暇はない。
 引越しの用意をしなきゃ、こんな私の為に集まってくれた皆に申し訳が立たない。
 引越しして馬鹿男と完全に切れるんだ。
 自分を取り戻す為に、絶対やるんだ。
 私は自分にそう言い聞かせた。
 ふいに奈津子に肩をポン、と、やられた。
「実際ここって遥の部屋なのにさぁ。
 引越しするのも何か変な話だけど、でも、それが一番だし、やるっきゃないよ」
 自分の身の周りの洋服などを私がダンボール箱に詰め込んでいると、馬鹿男のお金にならないTシャツやパンツなんかを雪乃が詰め込んでいた。
 私の方を見ながら雪乃が言った。
「まあ丸裸にしてやるっつっても、ある程度のものは残してやっとけって、相談した行政書士
         ー25ー

の先生が言うから。
 先生が言うには幾らDVの証拠があっても、何もかも無くなると逆上するとそう言う奴って逆上するらしい。
 あと誓約書取るときに取り易いし、何とかって言う命令出すときに拾萬ほど渡して判子押させる方が法的にはいいらしい。
 だからさっきの業者の売り上げから行政書士の報酬と、示談金っつうの、それだけ用意しといて」
 私がうん、うん、と、雪乃に肯いていると、今度は家電や家具を並べ直していた奈津子が私の方を見ながら言った。
「接近禁止命令だよ。
 ほんでそのお金はこの家具と家電売っ払ったお金で払うから、さっきの業者のお金はそのまま持っときゃいいよ。
 家具と家電は別の買取業者呼んでるから。
 DV男との思い出に繋がるものは全部売っ払うべし!
 遥が独りで新しい生活始めるときに新しいの買ったがいいから」
「うん」
 今まであんま喋んなかった私だけど、何か自然と声が出た感じで我ながら不思議だ。
 雪乃と奈津子には感謝しかない。
 どうやって御礼しようか、と、考えてるうちにあっと言う間に引越しサポート隊が大方のダンボール箱を運び出してくれた。
 雪乃が、「皆休憩しよっか」と、声を上げた矢先のことだった。
 風呂場から馬鹿男の声がした。
「おい、何だよ、これ。
 おい、誰だよ殺すぞ、こら」
 馬鹿男の声を聴いて、騒ぎ出すサポート隊の人達。
 したら、直ぐに奈津子が声を上げてくれた。
「皆ちょっと外で待っててぇ」
 サポート隊が表に出て行くと、バッグからボンベみたいなものを取り出してきて奈津子は続けて言った。
「ジャーン!
 笑気ガスぅー。
 これをDV男の口に当てると、DV男は黙るんだぁ」
 よくもまぁこんなときにドラえもん風に言えたもんだ。
 その後奈津子と雪乃はふたりで肯き合った。
「遥ちょっと待っててぇ」
 ふたりが声を揃えて風呂場に向かうと、ずっとわめき散らしていたのに一分も経たないうちに馬鹿男の声は途絶えた。
「歯科衛生士の友達が廃棄する筈のをくれたんだ。
 理由言ったらその娘の為に使ってくれって。
        ー26ー

 でも何処の歯医者かだけは絶対言わないでって、バレルとヤバイみたい」
 雪乃にも感謝しかない。
 本当にふたりありがとう。
 そう言おうとおもったそのとき、またピンポーンって玄関のチャイムが押され、さっきと違うおじさんがモニターから顔を覗かせた。
「お世話になります。
 ご不要の家電と家具を買い取りに伺いました」
 振り返ると奈津子が肯いているので玄関のドアを開けた。

 買取業者のおじさんがほぼ家具と家電だけになった部屋に入ってきて、査定をして数分後に十万で買い取ると言ってくれた。
 肯こうとしてる私の肩越しに、またも奈津子。
「これも」
 そう言って差し出したのは、私と馬鹿男の最新式のスマホの二台だった。
「やっぱ、そこまでする」
 後ろを向いて奈津子に訊いた。
「モチ!
 お金になるし、それに番号ごと新しいのに買い換えなきゃ。
 痕跡を断つの」
 事も無げに言い切る奈津子に私も応える。
「そうよね。
 そこまでやらきゃ、ね」
 そして家具や家電が次々と運び出されていく。
 都合二十万のお金を受け取り、行政書士への手数料と示談金を受け取った私だったけど、ひとつだけ絶対売りたくないものがあった。
 家具も家電も無くなってガランとなっている部屋に、それは横たわっていた。
 子供の頃からずっと傍に居たぬいぐるみのキティ。
 ボロボロになってるけど、どうしても手放したくない。
「これも、ダメ?」
 キティを指差すと、奈津子と雪乃が声を揃えて言った。
「それはいい」、と。

         ー27ー
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