第5話 ざまぁ、二股男 ー突っ返し、叩き割り、その後スカッとー

文字数 4,112文字

 馬鹿男半泣きなってやんの。
「や、止めてくれよ。
 確かに俺も悪かったけど、でもそれと会社とは別の話でしょ」
 何か馬鹿男もう絶望通り越して、自殺しそぉ。
 雪乃は無言のまま馬鹿男を見下ろしてる。
 やっと座れるようになったか、馬鹿男め。
 ま、死んでもないし服でも着ようっ、と。
 バスルームに戻ってブラ着けてそんで服着終わってリビングに戻ったら、ぷいと背を向けてる雪乃に馬鹿男は両手を合わせてた。
「頼むよ俺このままじゃ会社行けないし、実家にも帰れないよ。
 何とかしてよ。
 あれ冗談だったとか、さぁ、もっかい社長のアカウントに送り直すとかして」
 雪乃はバスルームから出来た私をチラ見したあと、おおきな溜息を吐き出した。
「あんたさぁ、ホンっとサイテーだね。
 もっと他に何かないの、ウチラに謝るとかさ。
 せめてどっちかが本気でどっちかが遊びだったとか。
 ウチらとこんなになってんのに、そのことより先に保身の話って。
 順番逆だよね。
 謝るなり言い訳するなりしてからの話でしょ。
 呆れて物も言えないわ。
 マジクズじゃん」
 言い終えると、雪乃は私に向かって首を左右に振って見せた。
 それは馬鹿男が救いようのないサイテーの馬鹿男で、もう情状酌量の余地がないと言うこと。
 そしてそれはそのことより何より、そんな男に二股掛けられてたウチら自身への駄目出しのサインだ。
 私は雪乃に溜息を吐きつつ肯いた。 
 
 で、その後何気にTVモニター見たら、ずっと映像が流れてた。
 私がシャワー浴びてると思って、馬鹿男ブルーレイを見ていたんだろう。
 ヘッドフォン付けてたのか音が流れてないから、目立たなかったんだ。
 きっと私がシャワーに立ったときから見てたんだろう。
 何とか言う詰まんない脚本家だか映画監督だかの、何度も一緒に見さされたあの詰まんない映画のブルーレイを。
 何とかの・・・・・何とかの金縛りとかって言う、今世紀最強に詰まんない脚本家の映画を、今そこに居る世紀最強の馬鹿男は大好きだ
         ー13ー

だった。
 私がタイトルさえきちんと思い出せない詰まんない映画を。
 大体何年も前の映画を、飽きずに何度も見るなんてどうかしてる。
 その神経が分かんない。
 女は直ぐ飽きる癖に。
 馬鹿男は何度見ても面白いって言ってたけど、私は何度見ても詰まんなくて、体調良くないときだと蕁麻疹とか下痢するくらい。
 マジっ、で、サイテーに詰まんない映画。
 それにこの映画作った脚本家、TVの映画宣伝番組で時代遅れの親爺ギャグを飛ばすんだ。
 自分のこと面白ろって勘違いしてる詰まんない大馬鹿。
 その大馬鹿脚本家を映画宣伝番組で、『天才』って持て囃してた女子アナも、やっぱ馬鹿。
 ほんでもって映画の宣伝番組で詰まんない親爺ギャグを飛ばす度に、白々しいお追従笑いをする俳優や女優も、きっと馬鹿。
 みんな馬鹿男と同じくらいの大馬鹿だ。
 そう思うと今私の目の前で流れるこの映画のブルーレイディスク自体が、私には赦せなくなった。
 いつもなら今頃けらけらと笑い声を立てるこいつを、私は横目で見て一緒に笑ってやっていた筈だ。
 こんな詰まんない馬鹿映画に付き合わされて、そんでも、私、そんくらいこいつが好きだった。
 やっぱ一番の大馬鹿は私だ。
 でももう愛想笑いなんかする必要はない。
 我慢もする必要がないんだ。
 無意識のうちに私はブルーーレイデッキの前に立っていた。
 これは雪乃との打ち合わせにはない。
 でも・・・・・。

 私はブルーレイディスクをデッキから取り出した。
 馬鹿男を一度睨み付けてから、ざぁとらしく笑ってやった。
 そしてその詰まんないブルーレイディスクを、TVモニターの角に思い切り叩き付けて、真っ二つに叩き割った。
「ざまぁ」、って言葉にはしないで心の中で吐き捨ててやった。
 あれ、それこそ馬鹿男の方が金縛りになってやんの。
「お前が金縛りかよ!」
 今度は言葉に出してそう言うと、雪乃は爆笑した。
「これ私も見さされたよ。
 マジ詰まんなかったけど」
 お腹を抱えて笑う雪乃に釣られた私も大爆笑した。
        ー14ー

 喋れるところまで回復するのにちょい時間が掛かった。
「ウケる。
 雪乃も思ってたんだ詰まんないって」
 肯き合った後また大笑いしたけど、今度は何か白けて直ぐに笑い止んじゃった。
「そろそろ行こっか」
 そう言って馬鹿男に貰った指輪とネックレスを外した雪乃は、ダイニングのテーブルに音がするほど強く叩き付けた。
 私も同じようにした。
 テーブルには2本の指輪とネックレス。
 デザインこそ違うけど、同じブランド。
「二人共にティファニーってか」
 私がそう言って睨み付けると馬鹿男は漸く口を開いた。
「それはいらないからさ。
 質屋で売り飛ばすとかしてくれてもいいし、二人共返してくれなくてもいいから・・・・・それより、さ。
 俺、会社いけなくなるからさぁ」
 雪乃と顔を見合わせた後私から切り出した。
「あんたのくれた指輪とかネックレスなんかいらねぇわ!
 まだそんなこと言ってんの。
 あのねぇ、さっきのあの動画だけど、あんたの会社のあんたのアカウントに送っただけだから。
 第一社長のアカウントなんか知らないし。
 どう言う反応するかと思ったら、ホンっともういいわ。
 その代わりこっから先、ウチらのうちどっちかにでもちょっかい出したり、余計なことしたりしたら、そん時はホンとにさっきの動画あんたの会社中にばら蒔くから、そのつもりで」
 私がそう言い終わると同時に雪乃が財布から萬札を3枚取り出して、テーブルの上の指輪とネックレスの横に叩き付けた。
「これ、クリスマスの日の食事代。
 私はイブの24日の分。
 25日から九州へ出張って嘘つかれてたけどね」
 そんで私も財布から萬札を3枚取り出して雪乃と同じように、テーブルに叩き付けてやった。
「これ、クリスマスの日の食事代。
 私はクリスマスの25日の分。
 24日までは九州へ出張って嘘つかれてたけどね
 で、私はあんたの実家に行ったことがない代わりに、ここの鍵は持ってたから、ここの鍵も」
 そう吐き捨た後予めキーホルダーから外してあった鍵をバッグから取り出し、テーブルに叩
         ー15ー

き付けた。
 その後馬鹿男の顔をちらっと見た。
 動画が社長のアカウントに送られていないことを聴いて、馬鹿男が何かホッとしてる感じを見ると、ここに居ること自体が馬鹿みたいで思わず溜息が出た。
 溜息を吐いたのは私だけじゃなかった。
 雪乃は溜息の後、私のダウンジャケットの袖のとろを引っ張りながら言った。
「奈津子行こ」
 雪乃は私にそう告げるやくるっと廻り、スタスタと早足で玄関の方に向かった。
 私も雪乃の後に続いたが、歩き出して直ぐにブルーレイを叩き割ったことを思い出した。
 もう一度ダイニングに戻ってテーブルに一萬円札を叩き付けてから、吐き捨てるように言ってやった。
「これ、あの詰まんないブルーレイ代。
 エロDVDでも買いな」

 その後雪乃と私はふたりして部屋を出てエレベーターに乗った。
 何も喋ろうとはしなかったし、ふたり共何も喋れなかった。
 無言のまま通りまで出たとき雪乃が言った。
「せーの、で、振り返って見よっか」
 私は肯き、「じゃ、いくよ。せーの」、で、声を上げた。
 ちょうど夕暮れ時だったせいか、振り返った先には馬鹿男はおろか野良犬一匹さえ居ない、オレンジ色に染まった静かな千駄ヶ谷の風景が広がっていた。
 張り詰めていた空気が急に溶け出したみたいで、身体がぐにゃっとなりそうになった。
 だから私は顎を振って頬を二度三度叩いてみた。
 ふと隣に居る雪乃の方を見ると、同じように彼女も顎を何度か振っていた。
 それに彼女の眼からは大粒の光るものが流れていた。
 私は雪乃をぎゅっと抱き締めた。
 身体を離すと思いもよらず、彼女がケタケタと声を上げて笑い出した。
「ん、どした?」
 私の問い掛けに雪乃はバッグからハンドミラーを取り出して、こっちに向けながら言った。
「だって、奈津子の顔、狸とかパンダ通り越して、何かハロウィーンの時のお面」
        ー16ー

 ハンドミラーに映った自分の顔は涙でマスカラが流れ落ち、グシャグシャになっていた。
 でも、よく見ると雪乃の顔も似たり寄ったりだ。  
 私もケタケタと声を上げて笑った。
「雪乃も変わんないよ」
 そう言ってハンドミラーをひっくり返すと、より一層大きな声を出して雪乃も笑った。
 それでも涙混じりに笑うと、余計顔が酷くなっていく。
 私はバッグからシートになったメイク落としのパックを取り出し、一枚抜き取ってから雪乃に渡した。
 そうして私達はその場でメイクを落とした。
 暫くしてどちらからともなく言った。
「激辛タンメン行こ」

 新宿までタクシーを飛ばした私達は、店に入るや無言でふたりして激辛タンメンを泣きながら食べた。
 辛いから泣いているのか、今日の出来事で泣いているのかは分からないけど。
 否、と、言うか何の為に泣いているか分からなくする為の、激辛タンメンなのだ。
 とにかく、スカッとする為の。
 私達はふたりで一緒に激辛タンメンを食べ終わり、ふたりで一緒に店を出た。

 で、スカッとする最後の仕上げだ。
 私は雪乃の耳元に小声で囁いた。
「ねぇ、ひょっとして馬鹿男と生理の日にした?」
 肯く雪乃の耳元に、再び私はこう告げた。
「じゃあ私達ふたりマジで血縁関係だね」
 私の言葉を聴いた雪乃はその場にしゃがみ込んで笑った。
 私も笑った。
 激辛タンメンの後の激辛ジョークは、お腹の底から私達をスカッとさせてくれた。

       ざまぁ、二股男の件 (了)
                 
         ー17ー
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