第10話 ざまぁ、DV男 ー締めはやっぱアレでしょー

文字数 1,983文字

 先生に御礼を言って部屋を出た。
 エレベーターホールから振り返ると、事務員に見えない事務員さんが親指を立てて微笑んでいた。
 私も奈津子と雪乃の三人で親指を立てて応えた。
 いよいよ本当に馬鹿男ともお別れだ。
 エレベーターを降りて一階に降り立った私は、スーツケースとキティの居るペーパーバッグを肩から提げている。
 きっと独りなら普通にこうしてここを出て行けなかったろう。
 外に出てマンションを見上げた。
 どのくらい経ったか分かんないけど、ボーっとマンションを見上げてた私に奈津子が訊いてきた。
「色々あったんだもんね。
 まだ、怖い?」
 私は顎を左右に振って前を向いて歩き出した。
 奈津子も雪乃も私の後ろから付いてきた。
 ふたりが私の横に並ぶと今度は雪乃が訊いてくる。
「それともまだ痛む?
 睡眠薬飲ませたからパンチそんな強くなかったみたいだし、パッと見青タンとかあざとかは出来てないけど」
「違う。 
 何かモヤモヤすんの。
 今までこんななるまで何も出来なかった自分にも、あんな馬鹿男でも最初はあんなじゃなかったから、何で私があいつをまともにしてやれなかったのかって・・・・・。
 ごめん変なこと言い出して、ここまでして貰ったのほんとに感謝してる。
 奈津子、雪乃、ほんとに、ほんとに、ありがとう」
 立ち止まって頭を下げる私の肩を、両側から奈津子と雪乃のふたりがそっと起こしてくれた。
「遥は何も悪くないよ」
 奈津子がそう言うと、雪乃も肯きながら私の肩をポンポンしてくれた。
「そうだよ」
「うん、そ、だね」
 そんな奈津子と雪乃の言葉で、何か夢から醒めたみたくなった。
 したら肝心なことを忘れてたのを思い出した。
「あっ、それと、お礼したいんだけど、何か欲しいものとかある。
 それとも三人で何か美味しいものでも食べいく」
「いいよ、そんな気ィ使わなくて。
 でもやっぱ、こんなときはアレかなぁ」
        ー32ー

 私の問い掛けに最初は顎を左右に振っていた奈津子だったけど、雪乃の方を見て麺を食べる仕草をした。
「だね。締めはやっぱアレでしょ」
 肯いた雪乃は私の肩をもっかいポンとしながら肯いた。
「激辛タンメンおごってよ」
「うん、いいよ。
 でも、そんなんでいいの」
 何かコケそうになってる私に、奈津子と雪乃が声を揃えた。
「いいから、いいから」
 何が何だか分かんないまま、地上波のバレエティ番組でよく見掛ける激辛タンメンを食べに行くことになった私達。

 まだ二月なのに、今年は雪が降らないどころか寒くさえない。
 ダウンは着てるけど三人とも前を開けてる。
 私はあることに気付いて、ダウンのポッケからマスクを取り出してきて着けた。
「新宿までタクシーに乗るんだから、乗車拒否されないように」
 私がそう言うと、奈津子も雪乃もマスクを着けた。
 新型肺炎の何とかウイルスのせいで、ちょうど三人共マスクを持っていたのだ。
 街にはマスクなんか全然売ってないけど、ウチらは三人共ホテル勤めだから職場で買い置きのを貰える。
 だからマスクを持ってるんだけど、私にはちょうど良かった。
 何でってさっきから涙が止まらなかったからだ。
 これで激辛タンメンを食べれば、マスクを取ったって平気だ。
 と、思ったとき、やっぱ奈津子と雪乃はだからこそ激辛タンメンに誘ってくれたのだ、と、言うことにも気付いた。
 
 新宿までタクシーを飛ばした私達は、店に入るや無言で三人して激辛タンメンを食べた。
 私は余りの辛さに堪らず泣いた。
 辛いから泣いているのか、今日までのことで泣いているのかは分からなかったけど。
 否、と、言うか何の為に泣いているか分からなくする為の、激辛タンメンなのかも。
 とにかく、スカッとする為の。
 私達は三人で一緒に激辛タンメンを食べ終わり、三人で一緒に店を出た。

 泣いたし何だかスカッとしてる。
         ー33ー

「ねぇ、スカッとしついでに報告するから、更にスカッとしてよ」
 奈津子が言った。
「うん、何?」
 肯いた私はマスクを取っても涙が止まっていなかった。
「あのさぁ、さっき司法書士の先生、私が『殺す』って書いたの不適切だって消したでしょ。
 でもね既にあのとき私デカい字で、『今度遥に近付いたらぶっ殺す』って色紙に書いて、馬鹿男用のスーツケースの中に入れちゃってたんだよね」
 奈津子の言葉を聴いた私はその場にしゃがみ込んで笑った。
「不適切ぅーっ」
 雪乃もそう言いながら笑った。
 激辛タンメンの後の奈津子の激辛な報告は、お腹の底から私をスカッとさせてくれた。

               
       ざまぁ、DV男の件 (了)

         ー34ー
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