第12話 ざまぁ、不倫男 ー指を鳴らす小山先生ー
文字数 3,073文字
コロナウイルスの影響でみんなマスクをしてるから、誰が誰だか分かり難い。
部屋に入って来て三人がマスクを取ってやっと誰だか分かった矢先、いきなり奈津子が声を上げた。
「あっ、東田昌也じゃん。
こいつゲス不倫の分際でテレビ出てんだ」
眼を見開いてテレビに見入る奈津子に遥が肘をチョンとやった。
「ちょっ、奈津子ぉ」
遥に言われた奈津子は私に申し訳なそうな顔を向けた。
「ごめん、香蓮(かれん)」
遥や奈津子は気を使ってくれたんだろうけど、私はもう心を決めているから平気だ。
「私なら全然大丈夫。
今も私の相手の不倫男にどうやって責任取らせてやるか、東田のドラマ見ながら考えてたとこ。
芸能界が不倫男の東田を許しても、私は私を騙した不倫男の山口徹太(やまぐちてつた)を絶対に許さない、なぁんて。
さぁ、みんなその辺に適当に座って。
てか、奈津子と雪乃は久しぶりだね」
「二年ぶりかな」
雪乃はそう言いながら私の隣に掛けた。
遥と奈津子はそれぞれ私の向かい側に掛けた。
遥とはたまに会ってたけど、奈津子と雪乃に会うのは帝トラを卒業して以来になる。
帝トラ時代にみんなでUSJに行こうって、大阪まで行ったことがあった。
そう言えば一人欠けてる。
「ここに里佳子が居たら全員集合だね」
「あの娘はここには来ないよ。
変な男に引っ掛かるタイプじゃない、ウチらとは違ってね」
奈津子の言葉に四人で眼を合わせて笑った。
一頻り笑った後、私はみんなにもそれと分かるようにひとつ大きく息を吐いた。
隣に腰掛ける雪乃に笑いを消して訊いた。
「で、みんな司法書士の女先生に世話になったの?
遥からある程度のことは聴いた」
雪乃もすんごい真剣な眼をした。
「そう、小山陽子先生って言うの。
私と奈津子は同じ男に二股掛けられてて、小山先生がどうしたらいいか教えてくれたんだ。
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それに相談料とか報酬も凄く良心的なの。
だってウチらみたくホテル務めの薄給じゃ、弁護士なんて雇えないから、ね、遥」
遥も雪乃と同じ真剣な眼で応えた。
「うん。私はDVで苦しんでたんだけど先生が全部片付けてくれたの。
もし奈津子や雪乃に会ってなかったら、小山先生に会うこともなかったろうし、今頃、私、どうなってたか・・・・・」
「私も頼めるかな」
私が不安そうに顔を上げると、雪乃は私の肩に手を置いて大きく肯いた。
「勿論、もう話しはしてあるの。
呼んでいい?」
雪乃が電話をして10分も経たないうちに、司法書士の小山先生が部屋に入って来た。
スーツ姿で銀縁の眼鏡を掛けてて、如何にも頭良さそうな感じ。
だけど後ろに張り付いてる黒スーツで短髪のお兄ぃが、かなりヤバイ。
そう思ってお兄ぃに眼が合わないようにチラチラ見てると、先生が直ぐに言ってくれた。
「これは事務員ですので、お気になさらないで下さい。
尤も事務員には見えないでしょうが」
小山先生の言葉に私は頬を緩めて肯くのを見て、彼女は黒革のブリーフケースから書類を取り出しながら訊いてきた。
「ご紹介戴いた時点で佐藤遥さんからあらましは事情をお訊き致しましたが、ご依頼をお引き受けする前に念の為ご確認させて戴きたいことがございますので、二、三、ご質問致します。
宜しいでしょうか」
「どうぞ」
私が返事をすると小山先生はゆっくりと質問を始めた。
「先ずは山口徹太と関係を持たれてから十日前まで、彼自身は独身だと言っており結婚指輪も外して居たと言うのは事実ですか」
「はい。
仰る通り彼が結婚していると知ったのは十日前です。
彼を驚かせてやろうと思って、彼が私の部屋を出た後で付いていったら、いつものマンションに帰らずに駅の改札を潜ったんです。
彼ご自慢のポルシェに乗らずに何で電車に乗るのかなって、凄く不思議でした。
どうしようか迷ったんですけど、好奇心もあって結局付いて行くことにしたんです。
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コロナウイルスのせいでマスクはしていましたし、眼鏡も掛けておまけに黒のスーツ姿で髪もお団子にしてましたから、彼はまったく気付きませんでした。
そうしたら横浜まで行く破目になって、そうなったら最後まで付いてくしかなかったし。
その後住宅街の中の一軒家に入って行こうとする彼を、中から出てきた女の人が迎えに出て来たんです。
実家に帰ったのかと思ってたんですけど、庭先には小ちゃな子の乗るおもちゃの車とかがあって、だから私次の日彼の経営する歯者さん、『山口歯科』に電話したんです。
生保のテレアポみたく、『山口先生の奥様はおられますでしょうか』、って、電話に出た歯科衛生士さんは、『奥様は横浜のクリニックの方に居られます』って。
それ以来彼からの誘いは断っています」
メモを取りながらうんうんと肯いていた小山先生が、ハンカチを差し出してくれた。
知らないうちに私の頬が濡れていたからだ。
「つまり彼自身は自分が既婚者である事は、貴女に言っていなかったと言うことですね」
私は受け取ったハンカチで涙を拭いながら続けた。
「はい、それどころか時期が来たら結婚しようって」
私の言葉を聴くと、小山先生を除いた女三人が声を揃えて応じた。
「酷っ!」
みんながそう吐き捨てるみたく言った後、小山先生も首を左右に振りながら言った。
「確かに酷いですね」
「信じてた私が馬鹿なんです。
でもこのまま泣き寝入りするなんて出来ません」
何か今までの山口とのこととか思い出したりして、私は涙が止まらなくなってしまった。
暫くして小山先生は私の手を取りながら訊いてきた。
「お聴きしたところでは、山口の奥さんやご家族には迷惑を掛けずに彼に償って欲しい、と、言うことですが、本当にそれで宜しいのですか」
涙は止まらなかったけれど私はきっぱりと言った。
「はい。私が騙されてたことと彼の家族のことは別です。
今更山口を信じることなんか出来ませんし、奥さんから彼を奪おうなんて気まったく起こらないですから。
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私のこと遊びなら遊びって言うならまだしも、結婚しようなんて有り得ないですよ。
唯、奥さんにこのこと黙ってていいのかって、きっとあの男はこのまま許しちゃえば他のひとと同じこと繰り返すでしょうから」
私の言葉を聴いた小山先生は、指をポキポキ鳴らし始めた。
「そう言うことならこの話お受け致しましょう。
山口徹太のポルシェを売り飛ばして慰謝料をぶん取り、あの男がこれから二度と悪さしないようにこってりと締め上げましょう。
それからこの件のこと、ご家族にはあの男が反省して落ち着いた頃を見計らって、私からお伝えしましょう」
やたら張り切ってる小山先生だけど、その言いようがどうも気に掛かって私は声に出して訊いてみた。
「あのぅ、小山先生。
さっきから山口のことあの男って何度も仰ってますけど、ひょっとして山口のことご存知なんですか」
小山先生は一瞬「あっ」、って言った後何も無かったみたいにサラっと言った。
「そう言えば、まだ言ってませんでしたね。
山口徹太の奥さんの久美子の旧姓は小山と言います。
つまり山口徹太の妻の山口久美子は、私の実の姉です」
これには私は勿論、遥も奈津子も雪乃も四人して声を揃えた。
「えーっ!」、と。
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