第二章 始まりは偽物の香り(二)

文字数 2,094文字

 園芸屋に偽装した二人は、原野を進んで丘を下った。
 突如、開けた土地と巨大星型の堀を持つ巨大な建造物が現れた。建物の正面には大きな門があった。
「あれは城か?」と思える大きな建造物だった。

「左近さん、五稜郭城らしき城が見えるんですけど。でも、俺たちが向かっていた先は、函館の観光地じゃないですよね。それに、函館の五稜郭城なら町の中ですけど、ここは原野ですよね。いったいどうなっているんですか」

 左近が苦笑しながら教えてくれた。
「函館にいるわけないでしょ。見た目は似ているけどね。ウリエル氏の屋敷は初期の星状型要塞を元に建築しているから、似たよう型になっているだけよ。商売柄、武器を扱っているから、洒落じゃないかしら」

 金持ちの思考回路は、わからない。それでも、武器輸出で金を腐らせるほど儲けている内情はわかった。でなければ、個人で要塞を建造できるわけがない。
 しかも、こんな大きな建造物を日本にこしらえているのに、テレビやネットで話題にならないのだから、権力もあるのだろう。

(まずいな。俺が思っていた以上に、金持ちで権力者だ。男子は外にいれば七人の敵がいるって言葉があるけど、ウリエル氏の敵は七人じゃ多分、きかないな)
 星の先端部分に架かる橋のゲートで一度、止められた。
 左近が身分証を出すと、数秒の時間を置いて通される。そのまま、二番目に架かる橋のゲートを通って、初めて玄関に到着した。

 金持ちの家の玄関とくれば、大理石の彫刻がいろどる華やかなイメージをしがちがった。
 だが、ウリエル邸の玄関は重厚で大きな金属扉があり、閉められていた。横に人間用の大きさの出入口もあるため、玄関扉が無駄に大きいのがわかる。

 大きな玄関が開いたとする。同時に地面からレールが浮き出て、奥から鋼鉄製の列車砲が出現しそうな雰囲気すらあった。
 庭に色とりどりの草木があって、綺麗な庭園もなかった。金持ちの庭らしくなく、なぜか、あちらこちらに農作物が植えられていた。

 左近は正面玄関を左に曲がって、業者が出入りする地下出入口に入った。地下搬入口の入口でセキュリティ・チェックを通過した。車を降りる時に台車に大きな花輪を一つずつ載せて、左近と等々力で運んで行った。
 エレベーターを上がって、屋敷の中に入った。内装は普通の洋風の屋敷。だが、絵画の替わりに銃。彫刻や鎧の代わりにピカピカに磨かれた、カノン砲、対戦車砲、対空砲が飾られていた。

 ウリエル氏の屋敷は金持ちの住まいというより、ちょっとした兵器の博物館だ。
(これ全て使用可能で、弾薬と人員があれば、日本の警察相手なら、しばらく戦える規模の武器がある。一昔前の武器だけど、ひょっとして、貧しい国ならまだ通用するのかな。まさか、レプリカと称して改造した本物を輸出しているとか)

 等々力は冗談に思えなくなってきたので、考えるのを止めた。
 左近に従い、広い廊下を歩くこと十五分、外国人警備員四人が警備する部屋に着いた。
 左近が身分証を見せて「アントニー様にお部屋に花を持ってきました」と伝えた。
 すぐに、左近の近くに黒服の女性警備員がやってきて、ボディ・チェックをした。等々力もいかつい男の警備員にボディ・チェックをされた。二人が運んできた花輪にも、なにか機械が当てられる。

 おそらく、爆発物のチェックだろう。入念にチェックされた上で部屋の中に通された。
 アントニーの部屋は、等々力が借りている部屋の面積の十倍はあった。奥に続く空間があるので、アントニーの私室は、まだ広そうだ。アントニーの部屋は、屋敷の廊下にある空間と違い、美術品が置かれていた。

 どうやら、ジョセフとアントニーでは、趣味が完全に違うらしい。
 部屋の中には、執事の格好をした二十代前半で目つきの鋭いショートカットの女性がいた。女性執事は完全に部屋の調度品の一つとして背景に溶け込むように佇んでいた。

 等々力が頭を少し下げて会釈をした。
 会釈をすると、女性執事は少しだけ眉が上がった。まるで、部屋に入って女性執事に等々力がすぐに気が付いたのが意外といった感じだった。
 等々力が反応した状況を見て、左近が等々力に一瞬だけ遅れて相手に気がついたように「ご注文のリュウゼツランをお持ちしました」と告げた。

 リュウゼツランはどんな花かは知らない。だが、持ってきた花がリュウゼツランでない花なのは理解している。きっと、秘密の暗号なんだろう。
 女性執事が無表情に「少々お待ちください」と断って部屋の外に出た。
 外から聞こえた微かな足音から警備の人間が去ったと感じた。人払いをしたのだろう。

 続いて、女性執事が奥の部屋に行く。ほどなくして、写真で見たアントニーが出てきた。
 アントニーは写真で見た印象より、少しプライドが高い人間に見えた。等々力は受けた印象から、アントニーの人物像を調整した。
 女性執事がアントニーを手の平で指し示し「この御方が、三島・アントニー・ウリエル様です」と、アントニーに敬意を払って紹介した。
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