第七章(四)怪盗はやっぱり死ぬかもしれない

文字数 2,149文字

 気が付いた時には病室のベッドの上だった。個室だったので、周りには誰もないなかった。エアコンが効いており、暑くも寒くもなかった。ボーッとする頭で考えた。
 全てが終わった。車は炎上したので、中にいた左近の生存は絶望的。さすがに、死亡はお気の毒だとは思うが、これで解放された。

 手元には約六百万ドルがある。結果を見れば、とても幸運だ。六百万ドルあれば、利子だけでも充分に暮らしていける。
 左近が病室のドアを開けて普通に入ってきた。
 幸福な時間は、五分と続かなかった。

 左近がベッドの脇に椅子を出して座り、さほど感慨もなく、平然と祝いの言葉を述べた。
「まずは、生還おめでとう」
「貴女には死んでいて欲しかった」と心の中で思っても、さすがに面と向かっては、告白できない。
 代わりに「左近さんも無事で、よかったです。てっきり亡くなられたものかと思いました」と口にした。

 等々力が本当にいいたい言葉を理解しているような口振りで、左近が返してきた。
「死んだと思った? 残念だけど、あれくらいで死んでいるようなら、この業界では生きていけないわよ」

 等々力は漠然と左近の存在を次のように思った。
「ガトリング・ガン片手で振り回して、ロケット・ランチャーで武装しているマッチョな主人公が活躍するゲーム。そんな主人公ですら、何度も死ぬ危険な街にハンドガン一丁でやってきて、主人公の前に無傷で現れては謎のメッセージを残して消える。そうして、エンディングでは、ちゃっかり主人公と一緒に脱出する脇役みたいな人だ」

 等々力が黙って左近を見ていると、左近が聞きもしない説明をしてくれた。
「作戦が変更になったでしょ。柴田さんから状況の説明を受けたアシスタントのペアが、モーター・ボートで橋の近くまで移動して待機してくれていたのよ。そしたら、橋の上で事件があって、何か大きな物体が河に落ちる音がしたから、回収してくれたの。暗い中だから、時間が掛かったけどね」

 左近の説明には、腑に落ちない点があった。河は上から見ても真っ暗だった。流れも速かった。
 アシスタントが二人組でプロのダイバーでも、そう簡単に見つけられたとは思えない。
 そういえば、旅行代理店に移動したときも、待ち伏せされた。まさかとは思うが、知らない間に体に発信機でも埋め込まれたのか。

 高性能で小型の発信機があった。だから、プロのダイバーは手間取ったが、流される等々力を発見できたと考えたほうが、合理的な気がする。
 等々力が黙っていると、左近が「次の仕事だけど」と切り出したので、すぐに断った。
「さすがに、少し休ませてくださいよ。働きづめですよ。このままだと、体を壊します」

 左近は「わかったわ。仕事は少しの間、入れないわ」とすんなり引き下がった。
 左近が帰ると、病院のMRIが開いているのを確認した。
 退院日に人間ドック扱いで、MRIを撮ってもらった。
 どこが、悪いわけではない。だが、これで体に小さい高性能発信機が埋めこまれていても、MRIの強い磁力で破壊されるはずだ。あとは、適当に結果を聞き流して、カードで入院費を払って退院した。

 そのまま、家には帰らず、下着をデパートで買い、偽名を使って、一泊四万円の部屋を借りた。食事の時以外、部屋から出ず一週間ほど、部屋に篭った。
 もう安心かなと思ったタイミングで、フロントから「左近様からお電話が入っていますが」と電話があった。

 左近がどうやって、等々力の位置情報を確認しているかが、不安になった。こうなってくると、CIAが出てくるハリウッド映画のように、軍事衛星で監視されているではないかとすら想像する。
 諦めて電話に出た。

 開口一番、左近が告げた。
「等々力君の家に泥棒が入ったわよ」
 いいことばかり続かないものだ。とはいえ、お金は全部、裏のプライベート・バンクに預けてある。表の銀行や郵便局の口座にもお金はあるが、裏で溜めたお金に比べれば、微々たるものだ。
 盗まれて困るのはパソコンくらいだが、パソコンは三年落ちなので、大して値段にならないから、持っていかれてはいないだろう。

 左近が言葉を続けた。
「泥棒は単純な、物取りではないみたいだから、家に帰らないほうがいいわよ。お金があるから、家を買ったほうがいいわね。登記とか、面倒な作業は私が手伝うから」
 等々力は深刻な事態に思えなかったので、軽くこたえた。
「たかが、泥棒に入られたぐらいで、家を買えは、オーバーですよ」

「そう。なら、いいわ。でも、何か問題があれば相談に乗るから電話を待っているわ」
 左近が電話を切ると、等々力は心配になり、切っていた携帯の電源を入れた。
 少しすると、バイブ機能になっている携帯が揺れた。電話は携帯電話会社の伝言預かりサービスだった。

 伝言は驚くことに、ガニーからだった。
「お前、等々力と言うそうだな。突き止めたぞ。今度は必ず、地獄に送ってやる。これは俺自身の戦いだ」
 すぐに、携帯電話の電源を切った。
 天国から地獄だ。一気に頭の先から爪先まで冷えた。ガニーは、手段が不明だが、一週間の間に等々力の正体を知り、家まで突き止めた。
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