第三章 誘拐事件迷走(四)

文字数 1,979文字

 等々力が車に乗ると、ガニーがランスに英語で指示を出す声が聞こえた。けれども、声が大きくなかったので、辛うじて「Boss」の単語を聞き取るのがやっとだった。
(どうやら、軍曹は俺が本物かどうか、ボスに見せて確認するのかな。これ、うまくいったら、あっさり誘拐事件の黒幕を知るチャンスだけど。黒幕の前で偽者とわかったら、間違いなく、軍曹に殺されるな。まさか、誘拐の黒幕が柴田さんだったとかは、ないよな?)

 車の後部座席に乗ると、ランスに目隠しをされた。次にロックが鳴り響くヘッドホンを乱暴につけられた。ロックはうるさかったが、音量を下げてくれと英語で注文できなかった。
 ランスは完全に怒らせたので、要求すると逆に嫌がらせで、もっと大きな音にされる可能性もあった。黙ったほうが賢明だろう。

 洋楽は聴かないので、曲名はわからないが、嫌いなリズムではなかった。どこまで走るのかと思ったが、一時間くらいで車が停車し、ヘッドホンが外された。
 ヘリで三十分、車で一時間なので、ウリエルの屋敷から遠くもなく、近くもない場所だ。
 誘拐現場からもっと遠い場所に移動したほうがいい気がする。だが、誘拐犯は遠くに被害者を隠しておくもの、と考えるのは、素人考えなのかもしれない。

 目隠しを外すと、荒れた畑の中に大き目の一軒屋が建っていた。一軒屋は古いが造りはしっかりしていた。
 農家の大家族がお金のあるときに建てた家だろう。住んでいた子供たちが都会に出て行く。最後は家を建てた、老夫婦だけになる。老夫婦は一年くらい前に亡くなり、売りに出ていたが、家と土地が大きすぎてなかなか売れなかった物件、といった感じだ。

 ランスは完全に等々力を警戒していないのか、丸腰で等々力に背を向けて歩いていた。対照的に、ガニーはどこまでも用心深く、等々力に銃を向けつつ、距離を開けて後ろから歩いてきた。
 家の中に入ると、ランスが真っ直ぐ上の階に向かった。
 二階を上がったところで左右に扉があった。左の扉は新しいアルミ製の扉だった。ランスが左の扉を開けて、灯りを点けた。

 扉の中の部屋は三十畳ほどの広さがあった。部屋の中にはキッチンもあり、生活に必要な家具が一通り揃っていた。
 奥には開け放たれた扉があった。扉の中には、バスとトイレが併設されていた。
 単身者には広いが、夫婦二人には少し狭い、二世帯住宅の二階部分といった感じだ。
 ランスが英語でなにやら話しているので、黙って聞いた。

「ここがお前の部屋だ。ここでおとなしくしていろ」的な説明をしているのだと解釈した。
 最後にガニーが、日本語で付け加えた。
「依頼人から、人質は決して傷つけるなと条件を付けられている。俺はプロだ。おとなしくしていれば、危害は加えない」

 そこまで話すと、ガニーは怖い顔で忠告した。
「ただし、お前が逃げようとすれば条件は別だと、断っておいた」
 ランスが出て行くと、扉が閉まり外から鍵が掛かる音がした。
 外から気配がしなくなると、窓を調べた。窓は二重窓になっており、外側に緑色のカーテンの柄がプリントされていた。

 外から見ればカーテンがしてあるように見えて、内側からは外が見えない仕掛けだ。窓は固く閉ざされているので、開かなかった。
 窓を軽く叩いてみると、窓はガラス製ではなかった。特殊な素材で、かなり強度がある。防音性も優れていそうだった。

 椅子を持ち上げて叩きつけても、割れないだろう。何時間も格闘すれば壊せるかもしれないが、ガニーが黙ってはいない。
 トイレは水が流れて、シャワーからはお湯が出た。
 衣装ダンスの中には着替えの服と下着も用意されていた。
 キッチンの冷凍庫の中には。飲み物と出来合いの冷凍食品が入っていた。

 冷蔵庫の横にはプラスチックの米櫃があり、米が十㎏は入っていた。
 キッチンには調味料と割り箸があったが、包丁、ナイフ、ホークの類がなかった。包丁があったとしても、ガニーはおろか、ランスにも敵わないだろう。
 炊飯器、電子レンジ、テレビ共に使用可能だった。部屋の備品や食糧から、一週間は問題なく過ごせる準備があった。

 天井を見上げると、証明の横に銀色の円柱状の小さな機械があった。天井の機械を中心に部屋の中を一周してみた。
 機械の先端が回転しながら等々力の動きを追尾してきた。
 天井に備えられているのは監視装置だ。監視装置は機械がプログラム制御で監視しているのか、カメラ式で人が見ているのかは不明。

 等々力は次のように結論を得た。
(おそらく、自力での脱出は不可能と見ていい。外に連絡をとるのも無理。食量の備蓄から推測して、誘拐犯とジョセフ氏との間で行われる取引は、五日前後を予定している。五日か、長いようで短い時間だな)

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