第五章 読み合いの末に(五)

文字数 1,984文字

 役員が到着予定の十分前になった。左近から「役員がビルに入るわよ」の合図があった。どうやら、少し予定が早まったらしい。それでも、想定内だ。
 スコープを付けて、机の上に伏射の姿勢で役員を狙撃準備に入った。
 勝負の時間が来た。役員を狙う姿勢になったので、予定ではガニーもこちらを探して、狙撃体勢に入っているはず。

 いつ弾丸が飛んできてもおかしくなかった。とはいえ、等々力のほうからガニーを探す動作をすれば、囮作戦がばれる。
(リーさん、早く、軍曹を見つけてくれ)
 ガニーにいつ狙撃されるかもしれない状況下で、リーが早くガニーを見つけて狙撃してくれるのを待った。役員が席に座った状況が、スコープ越しに見えた。

 インカムから「おかしい、軍曹、見つからないね」と焦ったリーの声が聞こえてきた。
 次の瞬間、等々力の背筋に悪寒が走った。等々力の体を纏ったリーの空気が体を動かした。
 等々力はドラグノフを放棄して、机と窓の間にある空間二mの空間に体を落とした。オフィスの入口のから、けたたましい銃声が聞こえた。

 ガニーが現れたと予感した。作戦が漏れていた。でなければ、ガニーが狙撃場所であるオフィスに、タイミングよく現れるわけない。
 等々力は目を瞑って、耳を覆った。目を閉じても、強烈な光を瞼越しに感じた。耳を覆っても大きな音がした。

 すぐにマカロフPMを抜いた。机を遮蔽物にして、入口に向かって狙いをつけずに発砲して身を隠した。お返しだとばかりに、連続した発砲音が入口からあった。
 銃声が止むとガニーの声がした。
「今日こそ決着を付けようか、リー」

 作戦が漏れていたらしいが、全てが漏れていたわけではないらしい。でなければ、等々力のいる場所ではなく、リーが隠れている場所に現れるはず。
 等々力が装着するインカムから聞こえる音を拾ったのか、リーが状況をすぐに理解した。
 インカムの向こうから、無念だといわんばかりのリーの声がした。
「ダメある。ここからでは、軍曹、見えないあるよ。もう少し、窓側なら狙えるのに」

 オフィス入口から机の場所まで四十m。
 リーに教えられた狙撃の知識が脳裏に蘇った。リーのいる位置を考える。軍曹が入口からあと十m近づけば、リーからでも見えるはず。
 無人のはずのオフィスの電気が点灯した。左近がビルの管理フロアーから、遠隔で電気を点けてくれたのだろう。明るければ、それだけリーがガニーを狙撃しやすくなる。

 ガニーの武器は一度に発射される弾数とスチール製の事務机を貫通できない点から考慮すると、サブマシンガン。対するこちらはマカロフPM。連射速度、有効射程、弾数ともにガニーが有利。机の上には、放棄したドラグノフがあるが、ドラグノフでは逆に四十mは近すぎる。

 等々力はマカロフPMの弾倉を素早く交換した。予備弾倉は一つしか左近が用意してこなかったので、残りの弾は九発しかなかった。
(まともにやったら勝てない。勝機があるとすれば、軍曹が本物のリーが隠れている事情を知らない点。さて、問題は、どうやってガニーを入口から十m歩かせるかだな)

 名案は特になかった。リーからも左近からも指示がなかった。
 ガニーはすぐに距離が詰めてこない理由は、こちらの武器がマカロフPMだけだと確信がないのと、入口から事務机まで遮蔽物がないから。
 リーになって頭の中で今後の展開を予想してみる。やはり、名案が浮かばなかった。
 灯りの点いた状況で、少しだけ顔を出してみた。悪い状況にガニーはボディ・アーマーをしっかり着用していた。

 三十八口径のマカロフPMではボディ・アーマーは撃ち抜けない。正面からやり合うなら、顔やボディ・アーマーの隙間に弾丸が入らないと倒せない。
 状況からして、一か八か、リーの狙撃に賭けるしかなかった。等々力は堂々と声を張り上げた。
「わかった。降参するある。だから、命だけは助けて欲しいね」

 ガニーから数秒して指示が飛んだ。
「わかった。降伏するなら、ここでは殺さない。組織に連れて行く。後は組織同士で決める。銃を捨てて出てこい」
 ガニーの言葉は嘘だ。ガニーは出てきたらところを仕留めるはず。だが、ガニーの空気からうろたえに似た心情が伝わってきた。

 リーが本物なら、降参しない。命乞いもしない。そんな、リーが降参すると申し出るのだから、何かあると勘ぐって当然。しかも、リーの気配がするが、聞き覚えのある声と違う。何かがおかしいと感じて当然だ。

(ガニーはランスと違って、慎重な性格だ。優位を保っている間は、状況をできるだけ把握しようとするはず。勘でしかないが、ガニーはすぐに撃たないに賭ける)
 マカロフPMを床を滑らすように離すと、ゆっくり両手を挙げて、等々力は立ち上がった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み