第三章 誘拐事件迷走(一)

文字数 1,890文字

 等々力が乗り込んだリムジンには、運転手が一名、助手席に護衛一名、後部座席の等々力の横に一名の人間がいた。
 屋敷を出る時には、同じリムジンがピッタリと、もう一台ついてきた。おそらく、護衛の人間が四人乗っている。

 等々力は不機嫌な表情を作って、外を眺めていた。
 頭の中では、これから起こる事態について考えていた。
(護衛が六人名で、車が二台。暗殺目的ならまだしも、誘拐となると簡単にはいかない警備態勢だな。襲撃側は護衛する人数の三倍は欲しいところかな。ただ二十名近い人間で襲撃するとなると、当然かなり目立つ。アントニーを誘拐するなら、街中のほうが都合よくないだろうか)

 他にも疑問があった。
(原野の中を通っている道路なので、隠れ場所には事欠かない。でも、アントニーを誘拐して原野の中を歩き回って、逃げるのは現実的ではない気がする。とすると、車で逃げる状況になるけど、そんなにうまく逃げ切れるだろうか)

 横にいた護衛の人間が声を掛けてきた。
「アントニー様、携帯電話と腕時計です」
 等々力は黙って腕時計を嵌めて、携帯電話を受け取った。
 携帯電話を開くと、ロックが掛かっていた。

 護衛の人間がすぐに暗証番号を教えてくれたので、暗記した。
 携帯のロックを外して、アドレス帳と中に入っている保存メールをチェックした。
 誘拐されれば、携帯電話は取り上げられる。誘拐犯から偶然に携帯に保存されている中身について聞かれた時に答えられなければ、怪しまれる。

 等々力は携帯の中身をチェックして、覚えられる範囲で覚えようとした。
 携帯電話と格闘しながらしばらくすると、運転手の男性が「来たぞ!」と叫んだ。
 等々力は驚いて携帯画面から顔を上げた。急いで前後左右を確認しても、異常は見当たらなかった。
 助手席と後部座席の護衛が、躊躇いなく銃を取り出した。護衛二人は窓から身を乗り出し、上に向かって連続して発砲した。弾丸が金属に命中して弾かれる音が、窓から響いてきた。

 等々力は襲撃犯が上から来たのだと理解した。だが、どう反応していいかわからない。
 突如、天井に巨大な金属がぶつかる音がした。護衛の二人が発砲を急遽、中止して、車内に戻った。すぐに、後部座席の護衛がドアを開けて道路に飛び出した。
(え、なに、なに、何が起きたの?)

 数秒後、後部座席両方の窓の横に、大きな鋼鉄製クレーンが下りてきた。
 等々力の横にいた護衛が飛び降りた時に開いていたドアが、クレーンの力で潰れた。鋼鉄製の二本のクレーンがリムジンの後部座席を掴むように鷲掴みにして固定した。
 リムジンは前後を分ける窓があるので、前に移動できない。かといって、後部座席側の両方のドアはクレーンで塞がれたので、もう逃げられない。

 車が大きく揺れた後、視界が上がっていった。
(まさか、車ごと誘拐する気か)
 窓の景色が急に上昇していく事態が、等々力の想像した答が正解だと物語っていた。
 犯人はどんな仕掛けを使ったのかわからない。だが、確実に車を宙吊りにして、逃げられないように工夫している。

 金属を切り裂く高い音が、天井からした。車の後部と前部に高速回転する巨大な刃が入ってきた。
 誘拐犯は車を宙吊りにしたあと、前後を超巨大な電動鋸で裁断していた。なんとも豪快な誘拐方法。
 すぐに、運転手がエンジンを切った。運転席と助手席にいる人間が同時に動いた。高度が上がりきる前に、クレーンで塞がれていない前方二つのドアを開けて飛び降りた。
(え、ちょっと、逃げるの、早すぎるぞ)

 護衛が即座に逃げる判断をした展開に焦った。とはいえ、護衛の行動は、止むを得ないのは理解できる。
 高度が上がってから車の前半分と一緒に落下すれば、車の残骸の下敷きになって死ぬ可能性もある。今回の護衛の人間は、襲撃を成功させる行為が仕事。アントニーも影武者なので、死のうものなら、死ぬだけ死に損だ。

 わかっていても、いざ目の前で即座に逃げられると「薄情者」と罵りたくなる。
 本当なら等々力も逃げたいが、自制した。
(捕まるのも今回の仕事のうちなんだよな。やっぱり、一人は心細いな)
 運転手と護衛の人間が飛び降りて三分で、リムジンの前半分が切り落とされた。車が切り離され、前方の視界が開けた。

 リムジンを宙吊りにしている巨大な緑色のヘリの底が見えた。銃撃戦には遭わなかったが、現状は危険な状況に変わりがない。相手は等々力が偽物だとわかれば、即死級の高度から、等々力が乗る後部座席を落下させるだろう。
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