第四章 誘拐事件決着(一)

文字数 1,670文字

 等々力はスマート・フォンに送られてきたメールに添付された調書を読んで三島・ジョルジュ・ウリエルの情報を得た。ジョルジュの調書を見て、すぐに理解した。
(今回の仕事、難易度が高いな)

 ジョルジュの年齢は四十二歳、等々力の年齢の約二倍。顔立ちはフランス人と日本人のハーフなので、等々力よりずっと彫りが深い。ジョルジュは落ち着いた大人の男性だ。
 性格が、また面倒だった。一見すると、傲慢なフランス人だが、本当は臆病。さらに、良く言えば繊細、悪く言えば神経質と、左近は評価していた。

 頭に別の作戦がよぎった。
(いっそ、アントニーのまま、被害者と加害者が同じでした、としたほうが、まだ上手くいきそうな感じがする。元はといえばアントニーが言い出した仕事だし、アントニーにも少しリスクを負ってもらおうか)

 等々力はすぐに頭から邪念を追い出した。依頼は、あくまでもジョルジュの影武者だ。
 ジョルジュになりきらなければ、左近が認めない。
 命の危険があるので、報酬は貰えなくても我慢できる。けれども、左近が用意しているシナリオの成り済まし対象がジョルジュである場面を想定しているなら、勝手に変えるのは、逆に危ない。

 等々力は風呂場に行って髪形だけでもジョルジュ風に直した。ジョルジュがどんな人物かも想像しながら待った。
 車が停まる音がした。左近が来た合図だ。ゲーム・スタートだ。階段を上がってくる足音がした。等々力はソファーの上に片足を崩す姿勢で三人が上がってくるのを待った。

 ランスが扉を開けて等々力を見ると、一瞬、奇妙な物でも見るかのように目を細めた。
 ランスが少し惑っていると「失礼します」と左近がランスを押しのけるように入ってきた。
 左近はジョルジュ付きの有能な秘書といった感じだ。
(左近さん、シーン・ドランカー・モードになっているな。今回はジョルジュの有能な秘書のイメージだな)

 左近は手に中くらいのアタッシェケースを持っていた。左近が等々力の耳元でフランス語を使い何かを囁いた。発音は綺麗に感じたが、意味は全く不明だった。
 等々力は「Ah bon」と時々相槌を入れながら聞いた。話を聞く時の態度、いかにもつまらなさそうな表情を作るように心掛けた。時折、右手の親指と人差し指を擦り合わせる仕草をした。

 視線は左近を見ない。神経質な人間らしく、しきりに擦り合わせる指先に視線を置いた。
 左近が話を終えて、耳元から顔を遠ざけた。
 等々力は気怠い雰囲気を出すように心を配った。
 等々力は上から目線の態度を心がけでガニーを見詰めた。声の調子を落として、声に年齢をのせて発言した。

「軍曹、ご苦労だった。色々トラブル続きの仕事だが、これで仕事は終わりだ。さあ、残金を受け取ってくれたまえ」
 左近がガニーの前に移動して、アタッシェケースを開けた。
 ガニーはアタッシェケースの中身を一瞥したが、すぐに手を出さなかった。

 ガニーが不機嫌な顔で、発言した。
「待て、アントニー。これはどういう真似だ」
 等々力はちょっと首を傾け、気取った口調でアクセントを付けて訂正した。
「アントニーではない。私の名は三島・ジョルジュ・ウリエル。君の、クライアントだ」

 ランスが呆気に取られた顔で「What did ya say?(お前、なんていった?)」と口にした。どうやら、ランスは日本語が全くわからないわけではないようだった。
 ランスを放って置いて英語で捲し立てられると困る。

 等々力はチチチと舌打ちして、ガニーに指示を出した。
「軍曹、残金がきちんとあるか、ランス君に確認させてくれたまえ。残金の確認は互いに必要であり、時間が掛かる。私は用が済んだから、さっさと帰って寛ぎたいんだ。時間の節約を、お願いするよ」
 ガニーが取りあえずといった風に、アタッシェケースを受け取った。
 ガニーは等々力から目を離さず、ランスにアタッシェケースを渡して「Count here(こいつを、数えろ)」と命令した。
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