第6話 第一階位と第二階位のドルイド

文字数 2,148文字

 その夜、ドルイド長のドルヴ・レビックは、第二階位の若きドルイド、カイ・エモの自宅を訪れていた。

 レビックが部屋に入ったとき、カイ・エモは窓の戸を()(はな)ち、夜風に当たっていた。

 ドルイド長がやってきたことに気づき、カイ・エモは窓の戸を閉じた。

「邪魔したかな、若き友よ?」

 レビックは、相変わらずいかめしい声で言った。

 だが、その声音にはわずかながらに柔らかなものが含まれていることに、カイ・エモは気づいていた。

 彼は、ドルイド長の苦悩を良く知っていた。未来を(うれ)い、悲嘆(ひたん)に暮れるあまり、その顔は鉄仮面のように(けわ)しく、冷たくなり、感情を見せぬためにあえて冷厳(れいげん)な物言いをしていることも。

「別に、かまわないよ。お茶でも飲むかい?」
「いや、いい」

 レビックはそっけなく言うと、厳かに続けた。

「昼間の、フィラーゲンという男の話、どう思う?つまり、森に吸血鬼(ヴァンパイア)が住まうという話だ」
「きみは、どう思うんだい?」
「正直、分からぬ……」

 レビックは、足の底から沈んでいくかのような重々しい声で言った。

「知ってのとおり、数年まえから森の様子がおかしい。木の精霊たちの声が、わたしには聞こえないのだ。(ちょう)の精霊たちの声はどうだ?」

 敬意をもって人々から〈樹木のドルイド〉と呼ばれるレビックは、伺うように若いドルイドを見た。

 カイ・エモはまだ若いが、 〈蝶のドルイド〉との異名を持っている。先輩のドルイドたちが、次々と森の精霊たちの声が聞けなくなったいまでも、彼はその類い希な才能で精霊たちの声を聞くと言われている。その才能があるからこそ、若くしてドルイド長に次ぐ地位にいるのだ。

「どうかな……」

 カイ・エモは、どのように言おうか迷うかのように、しばし逡巡(しゅんじゅん)した。

「正直なところ、森はもう、死にかけている。僕にももう、蝶たちの声はほとんど聞こえないよ」
「……その話、私以外にはしていないだろうな」
「もちろんだよ、レビック」

 カイ・エモは、ため息をつきながら夜風に乱れていた亜麻色の髪をかき上げた。

「ドルイドたちがその力を失ったことが村々に知れわたれば、僕たちはここから追い出されるかも知れないしね」
「馬鹿を言うな」

 レビックは強い口調で言った。厳格さは変わらないが、今の言葉には明らかに怒気がこめられていた。

「たとえ力が失われたとしても、我々は森を守らなければならぬ」
「たしかに……」
「うむ」

 レビックは、あご髭を触りながら、しばらく考え込んだ。

「……だが、これはひとつの契機(けいき)かも知れぬ。森に化け物が巣くっているのが本当だとすれば、森が死にかけていることと関係しているかも知れない」
「では、あの魔法使いの言うことを信じるのかい?」
「いや」

 レビックはかぶりを振った。

「よそ者にはいっさい、関わらせるな」
「……そうだったね」

 カイ・エモは、レビックの頑固さを思い出していた。

 保守的なレビックは、ドルイド以外の者を森に関わらせることを良しとしない。もしかしたら、よそ者を関わらせることで、彼らの力が失われていることが露見(ろけん)しやすくなることも恐れているのかも知れない。

「あの者の言とは関係なく、私が森を調べることとする。木の精霊(トレント)たちを、探してみる」

 レビックは強い決意を込めて言った。

「明日、私は〈黒い森〉へ入る。私の不在のあいだ、街を頼むぞ、若き友よ」
「……その口ぶりだと、かなり奥まで行くつもりのようだね」
「その通りだ。“沼”まで、行ってみるつもりだ」
「そうかい……」

 カイ・エモは目をすっと細めた。

 木々や森の動植物と会話を交わせる限り、ドルイドにとって森に危険はない。けれども、いまはそうとも言えない状況であった。

 危険な旅になる。

 ドルイド長は、生きて戻ってこないかも知れない。

「……分かった。あとのことは任せてくれ……何もかも」

 感情を抑えてのものなのか、抑揚なく言う。

「けれども、レビック。もしも本当に吸血鬼(ヴァンパイア)に出くわしたら、どうする?」
「そのために、まず木の精霊(トレント)たちを見つける」

 そう言いながら、レビックは不敵な笑みめいた表情を浮かべた。

木の精霊(トレント)たちの力は、数百の兵隊にも勝るだろう。もしも邪悪な者が森に巣くうならば、私が木の精霊たちとともにそいつを討伐(とうばつ)しよう」

 決意を込めてそう断言するレビックを見て、カイ・エモはもう一つの動機に思い当たっていた。

 ドルヴ・レビックは、ドルイドの権威を取り戻そうとしているのだ。


◆◆◆◆◆
〈主な登場人物〉

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。

コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。

ドルヴ・レビック 〈黒い森〉を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。

カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。

アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。

ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。
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