第5話 黒い森と七人のドルイド

文字数 1,046文字

 〈黒い森〉――正式には、ブライロエの森という――は、一部に沼地を含む深い森である。

 昼でも薄暗く、ときに不気味さがただよう場所だが、どういうわけかゴブリン族やオーク族といった人間の天敵(てんてき)が近寄ることがなく、古来より動植物(どうしょくぶつ)のあふれる豊かな森であった。

 その豊かさは森の中だけにとどまらない。

 森とその東側を流れるランタニア川のあいだには、黒肥土(こくひど)と呼ばれる栄養分のおおい大地が広がっていた。

 それは、この辺境の地に住まう者たちにとっては恩恵(おんけい)であった。黒肥土に覆われた土地にはいくつもの村が点在し、めいめいに農作物や果樹を育てていた。

 人々を拒絶するかのような(りん)とした神聖な森と、人々を包み込む豊かな大地。この対なる存在は、一方は非日常の場であり、一方は日常の場である。人々が〈黒い森〉と呼ぶとき、そこには畏敬(いけい)の念がある。

 そして、その神聖な森の管理は、代々ドルイドたちが担ってきた。

 ドルイドたちは、森の精霊の声を聞くことができる。ドルイドたちは、森の意思を語る代弁者であり、人々との仲介者であり、そして豊かな森との土壌の守り手であった。村人たちは、<黒い森>に畏敬の念を払うのと同様に、ドルイドを崇拝していた。

 〈黒い森〉にはドルイド以外立ち入ってはいけない。

 数百年にわたり守られてきた不文律(ふぶんりつ)

 五十年ほどまえ、黒い森の神聖さを忘れ、多くの木こりたちが木材の調達のために木々の伐採をはじめたことがあった。それは、悲劇的な結果を招くこととなった。

 森の神を怒らせた――と、この地域の人々は言う。

 黒い死の翼が空を覆い、たちまちのうちにいくつもの村を滅ぼしたという。

 それは畏怖(いふ)に満ちた伝説となって、この地域の人々の親から子へと言い伝えられた。

 「黒い森に、ドルイド以外が入ってはいけない」

 それ以来、その不文律はよりいっそう強く守られるようになった。

 自然の精霊たちと心を通わせることができるといわれているドルイドたちの力は強まり、時に賢者として村々の運営に助言をするようになった。

 神聖なる〈黒い森〉に邪悪な存在が巣くうなど、ありえないことだった。賢明なドルイドたちが、それを許すはずがない。少なくとも、ほとんどの人々は、そう信じていた。


 ……死者を率いて村を襲う黒い影、突然現われた竜のような顔貌(がんぼう)の魔法使い、そして聖なる森を守護する七人のドルイドたち。ドルイド以外に立ち入ることを許されない森に巣食う邪悪……誰が語ることが、真実なのか?

 〈黒い森〉を辿(めぐ)る彼らの運命を、まだ人々は知りえない。
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