第23話 決着

文字数 1,446文字

 ポーリンが最後の力を振り絞って立ち上がろうとしていたが、フィラーゲンは倒れたまま彼女の黒いローブのすそをつかんだ。そして、目で合図をしながらかぶりを振った。

 ポーリンもそのまま地面にへたり込む。

「わずかながらに賞賛(しょうさん)を与えよう、人間ども。なかなか強かったぞ」

 フィンガルバドルは大儀(たいぎ)そうに言うと、のしのしと、ゆっくりと彼らの方へ歩を進めた。

 ギラつく黄金の瞳、(よだれ)がしたたる牙が次第に大きく迫る。むっとするようなドラゴンの鼻息が、二人の嗅覚(きゅうかく)を不快に刺激した。

 二人の魔法使いがもはや抵抗の姿勢をみせないことに満足感をおぼえ、ドラゴンは二人を見下ろす位置でゆっくりと立ち止まった。

「せめてもの敬意として、おまえたちを丸呑(まるの)みにしてやろう。すぐに毒気で気を失い、苦痛はない」

 邪竜が示す親切心とは、せいぜいその程度のものだ。過程が異なるだけで、悪い結果は変わらない。

「さて、どちらから食べてやろうか……」

 フィンガルバドルの口元から垂れる涎が増す。

 フィラーゲンは表情をゆがめた。

「私から頼むよ。この鼻がひん曲がりそうな環境に、麗しの婦人を置いてゆくのは心苦しいが……」

「……口の減らぬ人間だ」

 あきれたようにつぶやくと、フィンガルバドルはその巨大な(あご)を大きくあけ、ゆっくりと頭を近づけてきた。

「いまだ!」

 フィラーゲンは鋭くささやいた。

 突然、神々(こうごう)しく白銀(はくぎん)に輝く光が稲妻となってフィンガルバドルの口を打ち、脳天を(つらぬ)いて星の満ちた空に光の(すじ)を作った。

 フィラーゲンのすぐ前に、マルフォイとコノル少年が姿を現した。二人の手には、白銀の杖が握られていた。彼らは恐怖に青ざめ、互いの手の震えを抑えあうように杖を握りしめていたが、力を使い果たした杖がぼろぼろのくずとなって地面にこぼれ落ちるのを感じて、彼らがなすべき役割を果たしたことを実感した。

 彼らは魔法の杖の力によって姿を隠し、合図が来るのをずっと待っていた。「備えよ! 狙いは口の中だ」という言葉により、果たすべき役割が近いことを知った。そして、フィラーゲンのそばでこっそりと待機し、「いまだ!」という合図とともに杖の力を解き放った。マルフォイに多少の魔法の心得があったことも(さいわ)いし、杖を使いこなすのはそれほど難しいことではなかった。

 疲労に満ちた、けれども満足げな表情を浮かべて、フィラーゲンはうなずいた。

「わたしが何か月もかけて作った” 聖者の杖” の威力はなかなかだったろう?」

 しかし、極限の恐怖と緊張の狭間(はざま)から解放されたばかりのマルフォイとコノルにはほとんど聞こえていなかった。

 彼らの眼前には、動かなくなってしまった緑竜の醜悪(しゅうあく)な顔があった。

 脳天を貫かれたドラゴンは、即死していた。

 その、あまりにも非現実的な事実をすぐに受け止めることができるほどの修羅場を、彼らはくぐったことがなかった。

 しばらく固まっていたドラゴンが、ゆっくりと倒れた。

 彼らの方に倒れてきたわけではなかったが、マルフォイとコノルは驚きのあまり飛び上がっていた。

 満天の星空を眺めながら、フィラーゲンが笑い出す。

「……今日は、さすがに死ぬかと思った」

 感心半ば、(あき)れ半ばに、ポーリンはため息をついた。

「まったく、魔法使いとしても特別な力を持ちながら、何重にも罠を張り巡らす周到(しゅうとう)さはたいしたものね」
「……昔から悪戯は大好きでね、よく大人を困らせたものだよ」
「そうだったわね、”悪童”」

 ポーリンは死の間際の緊張感から解き放たれ、懐かしそうに頬をゆるめながらつぶやいた。
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