第1話 黒い影が墓場を荒らし、死者とともに村を襲う

文字数 634文字

 黒い影が墓場(はかば)を荒らし、死者とともに村を襲う。十四歳を迎えた少女をさらうために。

 不吉なその噂が本当であることを知ったのは、満月の夜だった。

 ゴトリという音がして、コノル少年は寝所(しんじょ)で目を覚ました。わずかに冷たいが、顔を空気がなでる。風の(にお)いがした――(いや)な風の匂いだ。

 コノルは飛び起きた。

「……姉ちゃん?」

 暗がりのなか、眠い目をこすりながら呼びかける。

 返事はない。

 ギシ……という音が窓のほうから聞こえ、コノルはそちらを向いた。

 満月を背に、黒い影が、そこにいた。

「……だれ?」

 黒い影が振り向くが、その顔はうかがい知れない。

 そもそもここは二階だ。

 異常な状況に、コノルは胃が縮こまるような思いをしていた。眠気も吹き飛ぶ。黒い影が肩にかかげているのは――

「姉ちゃん!」

 コノルの姉、エリンはこの村で一番の美少女と言われる、自慢の姉だ。今月、十四歳を迎えたばかり。

 コノルはシーツを跳ねのけたが、足が震えて立ち上がることができなかった。

「誰か……助けて!」

 かすれる声を絞り出す。はじめはほとんど声にならなかったが、二度目はなんとかうまくいった。

「おじさん、おばさん、助けて!」

 黒い影は人差し指を立てて自らの口元の前にもっていった。表情ははっきりとは見えないが、ゆがんだ笑みを浮かべているようだ。唇のあいだからは、牙のようにみえる歯がのぞいていた。

「この村はもう終わりだ、少年」

 夜の(やみ)そのもののような暗い声でそうつぶやくと、黒い影は窓から飛び出し、空を舞った。
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