第3話 殺し屋と同僚

文字数 909文字

 相変わらずレッドが自宅に帰ると『幽霊』は現れる。脅してくるでもなく、呪うでもなく、ただその存在だけを伝えてきた。暗がりが色濃くなっているようなときがあり、あるいはふと見た瞬間にはいなくなっていたり、『幽霊』は現実と妄想の狭間を漂っているようだった。

 ナカアキセイタについて支配人に確認すると、依頼者は妹のナカアキセツコということである。
 妹が兄を殺してほしい理由はいったい何だったのか、さらに尋ねてみるも「知ったこっちゃない」と返されてしまった。秋吉久美子が妹役で出てた映画は語りたおしてたのに、支配人はスクリーンに映らないものにとことん無関心のようだ。
 とはいえ、この年代の兄妹間で起こりうるトラブルなら限られてくる。特に妹が兄を殺す理由になるほどのものならば、絞られそうではある。

「性的虐待だろうな」
 ブルーは7本目のピースに火をつけると、焼き餃子2皿とレバニラ炒め1皿を追加注文した。食べ物がたくさん出てないと不安になるたちで、いつも食べきれないくらいに注文しては残している。
「小さいときにヤられるとトラウマになるのよ。ずっと記憶に残り続けるわけで、ある意味、処女より貴重だぜ」
 閉店間際のラーメン屋でも誰が聞いているか分からない。酒も入ってるからなのだが、楽しそうに下衆な話をするブルーにレッドはわけもなく憂鬱になってしまう。
「ナカアキセイタが妹を襲うイメージがわかないな」
「人は見かけによらないんだよ」
 レッドが毒を入れる直前、妹のセツコがセイタに電話して席を外させたという。普通は殺しの実行行為に依頼者が関与することはない。セツコが本社に強く要求したのだ。
「まあ金が絡まないなら殺しの動機やきっかけというのは些細な問題だよ。たいてい後付けでそのうち本人だって忘れる。大事なのは心の歪みだ」
 ブルーは8本目のピースに火をつける。
「理由や理屈じゃ説明できない、頭の中が相手を殺したい気持ちで一杯になれば殺しどきだ。恋愛と同じだな」
 恋愛相談で相手のどこを好きになったか聞いてもたいした答えは返ってこない。ブルーに言わせれば殺す理由も考えるだけ無駄ということだ。なるほど他人の恋バナはどうでもいいことだらけだ。
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