第4話 殺し屋と深夜のさざ波

文字数 802文字

 閉店時刻までラーメン屋でだべり続けてブルーと別れる。そのまま帰る気にもなれず、レッドは行くあてもなく街をふらついた。
 夜遅くても飲み歩く人がそれなりにいて、でも彼らの陽気はどこまでいっても遠く他人ごとで、そこからこぼれおちた影だけがレッドの腹の奥底でうずくまって動こうとしない。
 騒がしい繁華街を離れると、レッドは車に乗り込みふらふらと郊外まで移動した。しばらくして海辺までたどり着き今度は海岸線に沿って走る。途中で堤防に昇る階段を見つけると、車を止めて海を眺めた。

 殺し屋チームのメンバーは人と関わろうとしない。だからずっと独りぼっちだ。彼らは他者の喜怒哀楽に真摯に向き合うことがなく、感情の感触を確かめ合ったこともほとんどない。
 感情経験に乏しい彼らは独自の哲学や感性をもたざるを得なかった。
 支配人は映画で人生の意味を探ろうとし、ブルーは「殺し」に生きがいを見出す。この世界で誰ひとり共感する者がいなくても、自分だけの火を灯して身体を稼働させている。
 レッドには自分自身の中身があるのだろうか。夜の海を眺めているこの瞬間も想いが溢れそうで出てこない。それでも何も考えずぼんやり海を眺めるだけで頭は整理されていく。

 どれだけ考えても『幽霊』の対処方法なんてはっきりしないだろう。ただあれは、例えば「四谷怪談」に出る幽霊のように危害を加えてはこない。
 目下の悩みは不眠で、たとえ毎晩出てきてもぐっすり眠ることさえできればよいのだ。これは殺し屋を続ける限りつきまとってくる問題かもしれず、ならばもう『幽霊』に慣れてしまうほかないかもしれない。
 静かに寄せるさざ波は心を落ち着かせる。ふと海岸に目をやると、月明かりにやさしく照らされた砂浜を人影が歩いていた。自分以外にも眠れぬ夜を過ごす人がいるのだ。
 透明でアメーバのように変化する波打ち際を歩き続けるその人を眺めていると、突然、『本社』から連絡がきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み