第9話 殺し屋と人探し①
文字数 1,523文字
夕方になっても日が落ちてもナカアキセツコの自宅は暗いままだった。喫茶店の方も開いておらず、窓や扉は閉めきって誰か来ている様子はない。
ナカアキセツコはいなくなったのだ。
「一瞬の油断が命取りだな」
電話越しでもブルーが心から楽しそうなのが伝わる。有名な喜劇役者がロングショットでみれば悲劇もコメディになると言ったそうだが、身近な人物の不幸ならドラマや映画に負けない最高のエンタテイメントになる。
「自宅カメラはどうだった?」
「警察が来てる様子はない。朝方にナカアキセツコが出て行ってるのが最後の映像だ。それからいままで帰ってない」
どうやら自発的に出て行ったようで、警察が彼女の身柄を確保しているわけではないらしい。ただ想定外の事態なのは間違いなく、戻ってくる保障もないので放置するのはリスクが大きすぎる。しばらく様子を見るか、多少強引にでも探すか悩ましいところだ。
「支配人にあわせる顔がないな」
思わずため息が出てしまう。万が一のとき支配人はレッドに責任をとらすだろうし、それは致命的なものになるだろう。
「安心しろ」ひと呼吸おいてゆっくりとブルーは告げる。「いざとなったら、オレがお前を殺してやるよ」
「どうやって殺すつもりなんだ」
「頭を打ちぬいてやるさ。痛みも何もなく、スイッチを切ったみたいに一瞬で終わる。ギロチン並みに人道的だろ」
ブルーはあの世の存在を信じている。彼は苦痛さえなければ「殺し」というものに何ら忌避感はないのだ。基本的にレッドとは考え方が違うが、それでも見ず知らずの他人に消されるより少しは救いがある。
「考えとくよ。そのときは時々でもオレのことを思い出してくれ」
電話を切り上げて1時間程度の仮眠をとると、レッドは落ち着きを取り戻していた。少しだけ考えを巡らして、ナカアキセツコの自宅の捜索に出かける。
時刻は深夜2時を過ぎた頃で日が昇るまで余裕はない。現地に着いて人の気配がないことを確認すると、ピックを使って裏口扉を解錠した。
そっと扉を開ける。月明かりがスポットライトのように差し込んでいく。建物内部は青白い空気をまとったテーブルや椅子や食器棚が一枚絵のように整然と配置され、一見して荒らされた痕跡は見当たらない。冷蔵庫も傷みそうなものはほとんど残っていなかった。
不動産登記には1970年代の平屋建築とあった。時代のせいかLDKが一体化しておらず部屋も広くはないが、家具など必要最小限に絞られていて狭さは感じさせない。
音を立てないよう懐中電灯を使って建物内を探索する。廊下を進むと正面玄関側にナカアキセツコと思しき部屋が見つかった。こちらもやはり飾り気がなく、専門書が数冊あるだけで、写真や日記帳等はほとんどない。目を引くのはローテーブルの薬袋で、中には睡眠薬の「ドラール」が入ってたようだ。
総じて建物内部は住人たちの痕跡が失われており、もうナカアキセツコは戻ってくる意思がないように感じる。もっとも彼女にはメンヘラタイプのように感情がどろどろに溶け出している印象まではなく、ある程度の考えをもって動くはずだ。
裏口から庭に出ると土気が混じった緩い風が頬を撫でた。いつのまにか虫たちの声も鳴りやみ、遠くで猫が声を張り上げる。月は西に傾いて夜の終わりを告げていた。
死に際に猫が姿を隠すように、もしかしたらナカアキセツコもこのままひっそりと消えてしまうかもしれない。朝が来て、兄と妹が欠けた世界が目を覚ますと、何事もなかったかのように昨日と同じ日々が続いていく。
それはレッドにとっても理想の展開だが、楽観すべきではない。直接的な手がかりもなく至難の業だが、関係先を探すなどして地道にやってくほかなさそうだ。
ナカアキセツコはいなくなったのだ。
「一瞬の油断が命取りだな」
電話越しでもブルーが心から楽しそうなのが伝わる。有名な喜劇役者がロングショットでみれば悲劇もコメディになると言ったそうだが、身近な人物の不幸ならドラマや映画に負けない最高のエンタテイメントになる。
「自宅カメラはどうだった?」
「警察が来てる様子はない。朝方にナカアキセツコが出て行ってるのが最後の映像だ。それからいままで帰ってない」
どうやら自発的に出て行ったようで、警察が彼女の身柄を確保しているわけではないらしい。ただ想定外の事態なのは間違いなく、戻ってくる保障もないので放置するのはリスクが大きすぎる。しばらく様子を見るか、多少強引にでも探すか悩ましいところだ。
「支配人にあわせる顔がないな」
思わずため息が出てしまう。万が一のとき支配人はレッドに責任をとらすだろうし、それは致命的なものになるだろう。
「安心しろ」ひと呼吸おいてゆっくりとブルーは告げる。「いざとなったら、オレがお前を殺してやるよ」
「どうやって殺すつもりなんだ」
「頭を打ちぬいてやるさ。痛みも何もなく、スイッチを切ったみたいに一瞬で終わる。ギロチン並みに人道的だろ」
ブルーはあの世の存在を信じている。彼は苦痛さえなければ「殺し」というものに何ら忌避感はないのだ。基本的にレッドとは考え方が違うが、それでも見ず知らずの他人に消されるより少しは救いがある。
「考えとくよ。そのときは時々でもオレのことを思い出してくれ」
電話を切り上げて1時間程度の仮眠をとると、レッドは落ち着きを取り戻していた。少しだけ考えを巡らして、ナカアキセツコの自宅の捜索に出かける。
時刻は深夜2時を過ぎた頃で日が昇るまで余裕はない。現地に着いて人の気配がないことを確認すると、ピックを使って裏口扉を解錠した。
そっと扉を開ける。月明かりがスポットライトのように差し込んでいく。建物内部は青白い空気をまとったテーブルや椅子や食器棚が一枚絵のように整然と配置され、一見して荒らされた痕跡は見当たらない。冷蔵庫も傷みそうなものはほとんど残っていなかった。
不動産登記には1970年代の平屋建築とあった。時代のせいかLDKが一体化しておらず部屋も広くはないが、家具など必要最小限に絞られていて狭さは感じさせない。
音を立てないよう懐中電灯を使って建物内を探索する。廊下を進むと正面玄関側にナカアキセツコと思しき部屋が見つかった。こちらもやはり飾り気がなく、専門書が数冊あるだけで、写真や日記帳等はほとんどない。目を引くのはローテーブルの薬袋で、中には睡眠薬の「ドラール」が入ってたようだ。
総じて建物内部は住人たちの痕跡が失われており、もうナカアキセツコは戻ってくる意思がないように感じる。もっとも彼女にはメンヘラタイプのように感情がどろどろに溶け出している印象まではなく、ある程度の考えをもって動くはずだ。
裏口から庭に出ると土気が混じった緩い風が頬を撫でた。いつのまにか虫たちの声も鳴りやみ、遠くで猫が声を張り上げる。月は西に傾いて夜の終わりを告げていた。
死に際に猫が姿を隠すように、もしかしたらナカアキセツコもこのままひっそりと消えてしまうかもしれない。朝が来て、兄と妹が欠けた世界が目を覚ますと、何事もなかったかのように昨日と同じ日々が続いていく。
それはレッドにとっても理想の展開だが、楽観すべきではない。直接的な手がかりもなく至難の業だが、関係先を探すなどして地道にやってくほかなさそうだ。