第2話 殺し屋と映画館

文字数 1,412文字

 そのうち自然に消えるのでは、との期待も空しく、『幽霊』は土日祝日無視して立ち続け、既に2か月を超えていた。
 寝不足で身体がもたないと同僚のブルーに相談すると、ブルー曰く、これまで殺した相手を調べようということで、その週の土曜日にレッドは『本社』へ向かった。
 『本社』といっても支店があるわけでない。ただ皆がそう呼ぶので定着しただけで、表立って店舗を構えてるわけでもなかった。寂れたミニシアターが夜間になるとオフィスとして使われているだけだ。
 建物は1階が劇場で2階が事務所になっている。観客たちが帰って映画の余韻も冷めきる頃に、こっそり殺し屋たちがやってくる。
 仕事がら必ずしも事務所にくる必要もないので、ここに来ても同僚と顔を合わせることはほとんどない。けれども、この日は支配人が映画の雑誌を読みながら会計帳簿をつけていた。
「たまには映画で人生勉強するといい」
 支配人はレッドを一瞥してすぐに雑誌に目を落とす。
「ここのは説教くさくて苦手ですね」
「慣れたら心地よくなるさ」
 いわゆるミイラ取りがミイラになるというやつなのか、もともとは隠れ蓑としてミニシアターを始めて、あれこれ映画を観るうちにいつの間にか本業よりも本腰を入れるようになった。もっとも一般受けするにはセンスが壊滅的に足りず、『殺し』との二足の草鞋を履いたままだが。
「ここ1年以内のターゲットのファイルを探してるんですが、どこにありますかね」
「終結案件ならもう資料室に置いてるよ」

 8畳程度の資料室にはテーブルを囲むようにして鉄製の本棚が立ち並び、そこらかしこにファイルが溢れている。
 ファイルの中にはターゲットの氏名、生年月日から、思想信条、行動パターンなど調査・記録されており、これらの情報を基に実行計画を立てていく。とはいえ、殺してしまえば使うあてのない情報だ。乱雑に放置されているように、ここでは彼らと向き合う言葉が欠けている。
 ほこりくさい、据えた匂いをかきわけて、レッドは自身のチームの棚を探すと、そこから新しそうなファイルをいくつか取り出した。 

 殺される者がいる、ということは大金を払ってでも殺しを依頼する者がいるわけで、そのほとんどは反社会的勢力の界隈からだ。殺すメリットと殺さないメリットを天秤にかけて依頼してくる。この場合は殺される方もたいがいワルで、なるほど死んでも仕方ないなと思わせるものがあった。
 一方、感情に任せて『殺し』を依頼する者は少ない。どれだけ怒ったつもりでもそれなりの大金が必要となれば途中で冷静になるのだろう。それでもたまになんでこんな依頼がというのもある。半年前に殺した相手は素人の学生だった。
 とある海辺のレストランにターゲットが立ち寄っていたときだ。彼が席を立った隙にテーブルのコーヒーに毒薬を混ぜた。

 氏  名 ナカアキセイタ
 年  齢 21歳
 性  別 男 
 所  属 K大学文学部4回生 

 ファイルの基本情報を見てもとりたてて特筆すべき項目はなく、どこにでもいる大学生という印象ではある。部活やサークルには参加せず、起きて、大学に行って、バイトして、帰宅してというパターンの生活を繰り返していた。あまり変化のない毎日を送っていたようで、どちらかというと鬱屈した大学生活をだったのではないかと感じる。
 一見するとなぜ殺されたのか分からない。もっとも現実に依頼があった以上、彼が殺されるだけの理由があるはずだ。
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