♣ 仮住まい

文字数 1,112文字

 ここじゃない、これじゃない。
 ぼくらは、自分にふさわしい住居を探す。
 場所ではない。それが、自分自身であるところのもの。
 みんな、自分にふさわしい住居を見つけて、みんな仲良く、笑顔で暮らせたら…それが一番なんだけど。
 みんな、自分の住処が気に入って、まわりのみんなもそれを気に入って、みんながみんなを気に入って、楽しくやれば、それが一番なんだけど。素晴らしい理想郷(ユートピア)ができあがるんだけど…
 でも、ぼくらは成長する。成長したら、どんなに気に入った住処でも、それを捨てて探しに行かなければならない。それぞれのサイズに合った、素晴らしい住居を探しに。

 そんな住居が、この世にあるのか分からない。だってぼくらは成長してしまうから。どうせ、大きくなったら、変わってしまう。そこで、止まり続けるわけにはいかないんだ。
 どんなに素晴らしい住処を手に入れても…ぼくらはそれを捨てなきゃならない。だから、大きくなるのが、とても怖い。でも、大きくなってしまうんだ。一生、ぼくらに安住はない気がする。あっても、その時はすぐ過ぎてしまう。
 それでも、ぼくら、生き続ける。どういうわけか、そうなっている。住処に満足している時、生が終わればいいのかもしれないけれど、満足している時、そんな気になれない。そして満足を知ったから、満足の時が去っても、それを求めてしまう。考えてみれば、自分から、わざわざ苦労しているようなものだと思う。
 でも、満たされないのは、ぼくらのせいじゃない。ぼくらが、大きくなってしまうせいなんだ。この身が、満たされすぎてしまうんだ。

 一生、自分の住処を見つけられず、困っている者もいる。比べてしまえば、まだ、見つかった者の方が、幸せなのかもしれない。どっちがいいのか、分からない。幸せを知らない方が、幸せなような気がする。幸せを知ってしまうから、不幸を知ってしまう気がする── いずれにしても、ぼくらは、ひとりひとりの運命にしか生きられない。ぼくが今、ちょうどいい住居にいるのも、偶然だし。
 ぼくらは、いつも仮の宿に住んでいる。ぼくらにとって、この世は、いつも仮の宿。
 分かるのは、今、ここにいること。ここにいること、それだけで、もう、いっぱいいっぱい。この身が満たされていく! 探さないではいられない。

 で、今日も、ぼくらは浜辺をてくてく歩く。波が打ち寄せる。空になった貝殻が、運ばれてくる。
 ここじゃない、これじゃない…ぼくらは、出たり入ったりして、選別を始める。
 ところで、この貝殻の、前の所有者は、どこへ行ったんだろう? 素敵な模様で、とっても綺麗な、新築同様なのに。
 こんな素晴らしい住処を捨てるなんて、贅沢な話だよ。
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