♣ 身守りっ子

文字数 1,124文字

 ユスラウメの、一本の枝から、ぶらり。
 空中に貼りついた、小さなゴミのように見えるだろう。
 こないだ、小さな子が、めざとくぼくを見つけた。
 好奇の目で見てきて、「あの中はどうなってるの?」大きな人に、聞いていた。
 ぼくの中はどうなっているのか? 哲学的な問題だ。小さな子は、いつも天才だと思う。
 それなのに、大きな人は「虫が入っているんだよ」としか教えない。ぼくだって、いろいろ考えて生きているのに。失礼な話だと思う。

 葉っぱを集めて、ぼくは身を守る(みの)をつくった。そしてこの中に巣ごもって、一冬を過ごす。
 外界の動きは、空気の震動でわかる。蜂は、天敵だ。鳥も怖い。
 あ、あの子が、大きな人から怒られている。ここは、あの大きな人の家の庭なのだ。
「出て来なさい、鍵を開けなさい!」
 あの子が、怒鳴られている。

 ぼくは、自分が怒られているように感じて、蓑の中で身をよじる。
 あっちの世界じゃ、ぼくのような存在は、おかしな存在になるんだな。
「閉じこもり」とか「引きこもり」とか。ぼくの立場はどうなるんだい。
 世界は危険なんだ。自分のことばかり考えている奴らばかりだよ。巻き添えを喰らわないために、あの子だって我が身を守っているんだろう。 毒された世界に毒されないために、我が身を守っているんだろう。こんな世界に生きているだけで、大変なことだという事実に、なぜ大きな人は目をくれないのだろう。

 大きな人は、小さな子の将来を心配しているらしい。将来! 誰が知れるというのだろう。
 それに、自分から心配しているくせに、まるで小さな子のせいにして心配している。自分のことしか考えない、典型的なタイプだな。あれじゃ、引きこもりたくもなるよ。
 ぼくだって、うまく羽化できるか知らないよ。この冬を越せるかどうかも分からない。こんな当たり前のことを、何を心配がって、不安になっているんだろう。
 ぼくは、ぼくの身を守る。それが、今できることの精一杯。
 来年の春、羽を広げて飛べたとしても、ぼくは「蛾」と呼ばれ、うとましがられるだろう。まったく、生きづらい世の中だよ。あの大きな人だって、「我」のかたまりのくせに。

 ぼくはぼくの運命でしか生きられない。まわりを見れば、みんな、自分の運命をつくって生きている。隣りのタイサンボクも、隣りの桜も。
 運が良かったら……悪かったら、かもしれないが…… 来春、ぼくは飛び立つよ。
 小さな子よ、しっかり、自分の身を守るんだよ。その時季が来たら、出ておいで。あの親だって、いつかあの世へ旅立つ。この運命の外には出られない。でも、自分の内からつくる運命がある。
 ぼくを見つけた小さな子よ、この世で、また会いたいな。
 それまで、おやすみなさい。
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