♣ ダンゴムシの会議

文字数 1,799文字

 ぶつぶつ、もごもご。ぶつぶつ、もごもご。声がする。
「困ったものだ。土がない」
「まったくそうだ。三丁目のヤマダさんちも、改築したら、灰褐色の固いものに地面を塗り替えてしまった。ふさふさした、良い土だったのに」
「おかげで、多くの仲間が失われた。いい奴らだった。集団見合いをして、うちの娘も、ヤマダさんのところへ嫁いだほどじゃ。もうすぐ孫が生まれると聞いたのに」
「土から生まれ、土に還るわれわれとしては、この先が思いやられる。どうしたものだろうか」
「あの塗り立てる者に、陳情ができたらいいのだが。申し入れる術がない」
「まったくだ。われわれは、いつも追いやられる身だ。しかも、追われる先さえなくなってきた」
「このままでは、絶えてしまう。われわれは、一揆を起こすべきではないか」

 そこへ、ペタペタとサンダルの音がした。「や、あの女の子が来る。いつもわれわれを転がして、もてあそぶ子どもだ。また、われわれは転がされる…」
 幼児は、しゃがみ込むと、指先でダンゴムシをつつきはじめた。丸くなると、ころころ転がして遊んでいる。
「もしもし、お嬢さん。何が楽しくてこんなことするのかね」ダンゴムシの団長が訊いた。
「面白いんだもん。理由なんか知らない」幼児が答えた。おや! 会話が成立している! 団長は、嬉しくなった。
「もしもし、Hello, Hello, 聞こえますか」副団長も、上を向いて幼児に言った。第五班の班長が、団長に耳打ちした。「この種族には、シックス・センスを持つ者があるとか。映画にもなったそうです。特に子どもという種は、人形とも会話が可能だとか。確かなスジから、そう聞いたことがあります」
「救世主だ」団長が叫んだ。「おお、あなたの仲間の、土を固いものに変える者に、どうか言って下さい。土を、そのままにしておいて下さい。固いもので、埋めないで下さい。われわれは、困っています。どうか、どうかお願いします」
 幼児は、きょとんとダンゴムシを見つめた。団長は、短い触覚を下げて、正座をして陳情を述べた。
「何言ってるか分からない」幼児が言った。幼児は、自分に関すること以外は、関心がなかった。
「ご飯ですよー」と声が家屋から聞こえ、幼児はペタペタと音を鳴らし、遠くへ行ってしまった。
「ああ…」団長たちは、落胆した。「これが運命か。しかし、あの子と、一瞬でも、通じ合えた」

 数年後、幼児はおとなになった。嫁いだ先から帰省すると、貧乏な家が、傾きながらも立っていることを喜んだ。むかしのままの、小さな庭も、懐かしかった。
 夕暮れ時、「ご飯だよ」老母の声が聞こえた。すると、以前ここにいて、もごもご、もごもごと、小さなものが何か言っていたことを思い出した。たしか、ずいぶん困っている、窮状を訴える声だったような…。
 食卓を、老父母と囲む。「もう、わしらも、この先長くない。この家、建て替えて、住まないか。お金、少しでも援助できればと思って、少しだけど貯めてある」
「そうだよ、ここに住みゃあいい。庭も駐車場にして」
 おとなになった幼児は、老母の最後の言葉に反応した。「あそこを駐車場にしたら、困る人たちがいる。きっと、いる」
「何を言ってるの。困る人なんかいないよ」

「いるわ、いるのよ」子は、反論した。「わたし、聞いたことがあるのよ。ほんとに困って、どうか、どうか、このまま土を残してくれって。わたし、ちっちゃい時、ほんとうに困っている人の声を聞いたの」
「まあ、おまえの好きにすればいいけどさ」老父母は、子の意外な反応に、少し驚きながら言った。
 庭で、この会話を聞いていたダンゴムシ一団。「ああ、あれが、大先祖から聞き伝わった、まぼろしの救世主か」「おお、あの伝承はほんとうだったのか」「いやあ、夢ではあるまいか」
 まさか、まさかの歓喜の声が、夕闇に響き渡った。
 おとなになった人間には聞こえない大合唱。今宵、かれらはこの報告、および今後の傾向と対策のための、入念な会議を開いた。

 それからまた、数年後。この家の庭に、小さな男の子が。
「おいおい、そんなにしないでおくれよ」転がされて、ダンゴムシは言った。傍らで団長が、「おい、不平を言うな。この子は、あの慈母の子ぞ」と、同胞をいさめた。
「そうそう。ありがたいことだ。おかげで、われわれはこうして生きていられる」仲間たちも、けたけたと笑った。
 だが、そしてそのまた数年後……
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