▲試し読み終了▲ 何かのスキル
文字数 2,928文字
俺はランランを背中から下ろし、ガラテアが隠れたレンガの壁に隠れる。
音楽が不気味なものに変わっていく。
エネミーがくる。
ガラテアのそばにいると、かんきつ系の甘くてフレッシュな匂いがしてきた。
イギリスは紅茶の発祥地だったか。
レモンティーが飲みたくなってくる。
仮想現実にいても、現実世界と同じ感覚を持っている。
死の恐怖が薄いのは、エネミーにやられると、ゲームオーバーになるだけで、激しい痛みがあるわけじゃないからだ。
慣れてしまえば、少しの痛みでもただのゲームとして楽しめる。
ガラテアは俺のほうを向くことなく、
「あんたの感知能力で、敵を見つけ出して。私が攻撃してやるわ」
「了解」
「……あの歌」
「なんだよ?」
「なんでもない! 組むのは今回だけよ。ゲームが終わったら、あんたをとっちめてやる!」
「へいへい。全敗の雪辱をどうぞ晴らしにきてくれ。いくぞ!」
俺は両耳を両手で押さえる。
敵の距離を把握。
すぐ手を離した。
俺はぼうぜんと岩壁をながめてしまう。
「何よ?」
「直接きてる。何かの能力を使った形跡もない」
「えっ?」
俺はガラテアと、岩陰から闇をのぞいてみた。
満月の光に照らされ、筋肉質な大男が、ゆっくりと歩いてくる。
二本の腕に、背中からはえた四本の腕が左右に広がっていた。
手に持っているのは、剣身が湾曲し、鎌状となり、厚くて重いフォセを六本持っている。
眉間にシワの寄った、牛の仮面をしていた。
両目からカタツムリの角のように飛び出しているものは、カメラか。
金剛夜叉明王みたいなやつだった。
――あんなエネミー、見たことないぞ。
ホラー映画で出演していないキャラクターだ。
ディザイヤオリジナルキャラクターか。
機械的な動きをしている。
牛鬼蛇神の足が止まる。
両目のカメラが、のびたり、縮んだりしていた。
ズーム機能でもあるのか。
頭を壁からはみ出す。
顔や形をもっと記憶したかった。
牛鬼蛇神がすっと俺のほうを向いた。
――やべっ!
俺はあせって隠れた。
敵は襲ってこない。
運よく見つからなかったか。
「ギッ……ギィッ……」
声かと思ったけど、カメラが上下左右に動いている。
さびついているかのように、金属がきしんでいる。
中の人は不気味演出が得意すぎる。
牛鬼蛇神が走りだした。
向かっている先は、ランランとスキャンパーが隠れている、崩れた建物の中だ。
動きが速い!
――あいつら! 見つかったのか!
俺は壁の影から飛び出ようとする。
となりにいた気配が消えた。まさか。
「正義の鉄拳! 受けてみよ!」
ガラテアがフライアウトの能力で、空中に飛び出し、牛鬼蛇神にかかと落とししている。
敵は気づいていない。
ランランとスキャンパーが、状況がわからず建物から出てきていた。
「えっ?」
ガラテアの蹴りが、牛鬼蛇神の大剣によって受け止められていた。
六本ある手のうち、右手の一番上の部分が対応している。
視線はランランたちに向けているにもかかわらずだ。
「あうっ?」
金属音が響き、剣がガラテアをはじき飛ばす。
彼女は空中で態勢を整えられず、地面をすって転がっていく。
キルされないだけマシか。
敵の顔は獲物から離れない。
目が後ろにでもついているのか。
じゃなきゃ、不意打ち攻撃をかわせるはずがない。
「ちょちょっと、ちょっと待ちなさいよ!」
ランランが目を見開いたまま、固まっている。
ゲームに慣れてないから、不気味なエネミーを見て、頭が真っ白になってる!
「ランランさん! 逃げてください!」
スキャンパーがエネミーと対峙した。
その小柄な体格で、どんなスペシャルスキルがあるのかわからないけど、無謀すぎる。
相手は能力がわからない、巨体な化け物だぞ!
「拙者の出番でござるな! わがスペシャルスキル『ハイデン』を見せてやるでござる!」
カゲマルの声が響く。
姿がない。
やつお得意の能力が発動している。
牛鬼蛇神は、聞く耳すらもっていない。
ランランとスキャンパーを追いつめている。
六本の剣が一斉に振り上がる。
「くらえでござる!」
牛鬼蛇神の影から、カゲマルがあらわれ、黒い忍び刀を腹に向かって突き刺す。
あいつの忍術だ。
影を自由に操り、武器さえも作り出す。
「何っ?」
カゲマルの刀が、太い剣で受け止められた。
牛鬼蛇神は、ガラテアと同じく見向きもしていないのに。
あの六本の腕は、自由意志を持っているのか?
「ぐわっ!」
牛鬼蛇神の手がカゲマルの襟をつかみ、影から引きずり出して放り投げる。
狙いはランランとスキャンパーだけで、あとは雑魚扱いだ。
その執着心はなんだ?
「お前たちは……丸見え……美しい……ものは……」
エネミーが何かをぶつぶつ言っている。
リアルな仕様だ。恐怖演出か。
「くそぉっ!」
ソナーは敵を探知することしかできない。
だけど、俺しかいない。
拳をにぎりしめ、牛鬼蛇神に向かって走る!
「ひっひえ……」
「ランランさん! 早く逃げて!」
「だっ、だって、あなたは……」
ランランは涙目だけど、スキャンパーが心配で逃げられないようだ。
言うことを聞かない。
奴隷扱いする癖に、意外と仲間思いなのか。
牛鬼蛇神が近づいていく。
逃げない餌に慈悲を与えるつもりはないようだ。
このままだと追いつけない!
スキャンパーの顔が泣きそうにゆがみ、
「ランランさん!」
「いいっ、きゃああっ!」
ランランはすさまじい悲鳴を上げた。
画面が揺れる。
高音に耐えられず、俺は両手で耳を押さえた。
――なんちゅー声だ!
俺の鼓膜が破れそうになる。
岩壁にヒビが入り、細かい粒子が舞い上がった。
エネミーに襲われるより、危機的状況になっている。
「ギイッ!」
牛鬼蛇神の動きが停止。立ち尽くす。
スタンだ!
「ランラン! もういい! やめろ!」
俺は唾を飛ばして叫ぶ。
蘭花は悲鳴をやめない。
大口を空に向かって開け、異常な歌声を響き渡らせている。
そこに狂気すら感じる。
スキャンパーが両耳を手で押さえ、座り込んだ。
両目と口から透明な液体が流れている。
内部から破壊されそうな痛みが突き刺さる。
俺は指で輪っかを作り、
「もうやめろっ! ランラン!」
「えっ?」
蘭花は悲鳴をやめた。
やった! うまくいったぞ!
超音波の指向性と伝播性を利用した、特定の人間だけに話しかける能力。
可聴音はどこにでも広がるけど、超音波は特定の範囲を指定できる。
診療科目の多い大病院の待合室で、特定の範囲にしか聞こえないスピーカーを見て思いついた。
入院した母親の見舞いにはいっとくもんだ。
ガラテアがフライアウトし、スキャンパーを抱きかかえた。
悲鳴を聞き続けたせいか、ぐったりしている。
あれ以上はまずかった。
ランランはオドオドし、
「あっあの……」
「よくやったわ! 敵はスタンしてる! 逃げるのよ!」
「はっはい!」
ガラテアにほめられ、素直に返事している。
「こっちでござる!」
カゲマルが退路を案内。
俺は耳がギンギンして、涙が出てるけど、気合を入れて逃げ出す。
エネミーは人形のように固まっていた。
口から漏れているのはおえつか。
まるで泣いているようだった。