お姫様抱っこが完成した

文字数 1,496文字

 ――はああああああっ? こいつ何言ってんだ? 犬って俺のことか?


 犬が、人間を運べるわけがない。逆だ。


「お前、普通に歩けるよな? 足も悪くないよな?」


「ええ」


「じゃ、歩いていけよ」


「嫌よ。疲れるもの」


 アゲハは本気だ。まなざしが真剣すぎる。


 ――俺は馬車か!


 ユキナが俺とアゲハの間に入ってきて、


「お姉ちゃんの許可がなきゃ、女の子と付き合っちゃだめって言ったでしょ!」


「付き合ってないよ!」


「抱っこだなんて……ふっ、不純行為だわ!」


 顔を真っ赤にして両手で隠す。


「何想像してんだよ!」


 ねーちゃんじゃだめだ! ロシオ!


「カンクロウを乗りもの扱いとは」


「そうだ。俺は乗りものじゃない……」


「うらやましすぎるぞ! なんでお前ばっかりいい思いするんだ!」


 ロシオは俺の肩をつかみ揺すってきた。


 目には涙まで浮かべている。


 指が肉に食い込んで痛い。


 ――あっ、なんか、こいつの性癖がわかったような……。


 今後の交友関係を考えてしまった。


 アゲハは俺に顔をよせて、


「どうするのかしら? カンクロウ君」


「いっ、いやっ、だから、お前がひとりで歩けばこんなことには……」


「早くしないと前に進まないわ。さあ、決めなさい」


「ああっ! めんどくせいっ!」


 俺は両腕に力を込めると、抱っこされる体勢を整えたアゲハを持ち上げる。


 俗にいうお姫様抱っこの完成である。


「これでいいだろ!」


「それでいいわよ。じゃ、あっちに向かって」


 アゲハは指を前に向けた。


「はぁ~。なんでこんなことに」


 ため息をわざとらしくついてやる。


「お前、けっこう重いな」


「あら? 殺されたいのかしら?」


 そこは反応するのね。


「ひっく、ひっく。お姉ちゃんが悪いのね? 自由に育てすぎたのかな?」


 ユキナが本気泣きだ。


 あんたはけっこう俺のことを束縛してるよと、ツッコんでやりたい。


「くそぉ。私だってきれいな女性に鞭でしばかれたいのに」


 ロシオはぶつぶつ言っている。


 顔はいいのに残念な男である。


 アゲハを見下ろした。


 俺と目が合う。


 ユキナはかわいい系だけど、アゲハは顔が整っていて美人系だ。


 俺は心臓の鼓動が早くなるので目をそらした。恋とは別の意味で。


 進むと、布でくるまれたテントのようなものがあった。


 アゲハの指はそこに向かっていて、


「あれよ。早く行きなさい」


「へいへい」


 俺は嫌みたっぷりに返事する。


「あら? この臭い……なっ、何、この死体? 大変よ!」


「ゴブリンだ! いったい誰がこんなことを!」


 ユキナとロシオが背中越しから叫んでいる。


 ――今気づいたんかい!


 反応のなさに心配になっていたけど、ようやく気づいてくれたようだ。


 ゴブリンの死体が転がっているのだから、普通の人でも何が起こったのかぐらいわかるだろう。


 ここまで見えていなかったのは、アゲハを抱っこするという衝撃ゆえなのか。


 ロシオは腰を下ろして死体を目視し、


「調べてみよう。全員鋭利な刃物で斬られているな」


「ええ。異常事態が起こっているわ。状況からみて、結界が壊される前にやられたとしか……」


 ユキナは不安そうに周りを見やる。


 俺は気にせず前に進んだ。犯人に目星をつけていたからだ。


「なあ。ゴブリンたちを殺したのはお前か?」


 俺の腕の中で、のんびりしているアゲハに視線を下ろす。


「いいえ。私は何もしていないわ」


「だよな。剣は持っていないし、傷一つない。ウチのかーちゃん並みの強い剣士がやったってところか?」


「わからないわ。あなたのかーちゃんという生物なんて知らないし」


 アゲハの口調から答えたくないという確固たる意思を感じる。


 確信した。


 この女は絶対に何か関わっている。

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