忍者=朱雀一路

文字数 3,071文字

 黒い羽織に袴。手っ甲を装着。頭巾で頭をおおい、靴ではなく足袋だ。


 メガネのふちはもちろん黒。


 いわゆる、忍者というやつだった。


 蘭花が俺のほうを向き、


「ナイト氏?」


「俺のチャンネル名だよ。ダーク・ナイトっていうんだ」


「詐欺よ。名前を変えなさい」


「なんでだよ。そんなこと、親にも言われたことねぇぞ」


 詐欺師と呼ばれたことよりも、名前を変えろと言われたことにショックを受けつつ、ツッコんでおく。


「おやぁ?」忍者のメガネが光り、


「これはこれは。美しいお嬢さんでござるな? もしかして、ナイト氏のコレでござるか? うぷぷ、やるでござるなぁ」


 小指を立てて笑う。


 蘭花は腰に両手をやって、


「違うわよ。彼は百八番目の奴隷よ」


「百八人もいるのかよ? いいかげん奴隷から解放宣言してやれよ」


「誰なのよ? この偽物っぽい忍者コスプレは?」


 やっぱりわからないようだ。


 彼は、あの、朱雀一路なのだ。


 イケメンで、アイドルで、アポロン事務所に所属する朱雀一路なのだ。


 クールで、知的で、無口で、美男子の、朱雀一路なのだ!


 朱雀が忍者コスプレしている理由。


 ストレス解消のためのようだ。


 本来はおしゃべりで、スケベで、裸で外を駆け回りたい変態なのだ。


 だが、世間はそんな彼を認めない。


 事務所や親だって許さない。


 アイドルという仮面をかぶって生きなければならない運命の男なのである。


 朱雀は丁寧に両手を前に添え、腰を曲げ、


「カゲマルでござる。以後、お見知りおきを」


「あっ、ご丁寧にどうも」


「ちなみにあなたさまのお名前はなんと?」


「ランランよ」


 本名を言わず、チャンネル登録名で呼び合う。


 それがネットのマナーというやつだ。


 平凡な名前より、みんなに受けるキラキラネームなのである。


「おおっ! かわいらしいネーミングでござるな! センスを感じるでござるよ」


「でしょ? 私には才能があるの。あなたのこと気に入ったわ。私の三番目ぐらいの奴隷にしてあげましてよ」


「なんという光栄! このカゲマル、お嬢さまを全身全霊お守りさせていただくでござる」


「うむ。善処なさい」


 カゲマルはガードの堅い蘭花と、すぐ仲良くなった。


 現実世界では人を寄せつけない空気を出すけど、仮想現実ではゲーム仲間が多い。


 俺のゲーム友達の八割は、こいつの紹介だ。


 言ってやりたい! このメガネで、忍者コスプレした変な男が! あの! 朱雀一路だと!


 俺は深呼吸をする。


 朱雀はゲームを教えてくれ、仲間たちを紹介してくれた恩人。


 恩をあだで返すことなど、あってはならない!


「そいつ、朱雀一路だぞ」


「はあっ? 失礼よ! このふにゃ顔で、反乱すら起こさなさそうな、バカ善人っぽい、コスプレ忍者が、朱雀君なわけないでしょう!」


「本当にすんません!」


「ええっ? わっわかればよろしくってよ」


 俺の全力投球した謝罪に、蘭花は動揺しつつうなずく。


 ――おのれ! やっぱり誰もわからんか!


 口に手を当て、クスクス笑うカゲマルを横目で見ながら、俺は敗北感に包まれていた。


 カゲマルのことを朱雀だと知ったのは、大学で彼のほうから話しかけてきたからだ。


 呼び出されたときは、アポロン事務所からのスカウトかという期待よりも、芸能界の闇の部分に組み込まれるものだと思っていた。


 素直に行ったのは、断れば家族に危害を加えられると妄想したからだ。


 あのカゲマルだと知ったとき、俺は鼻血を出したので、保健室に運ばれた。


 朱雀が俺のことを知ったのは、ゲームのプレイ中、この姿が同級生に似てたからだ。


 蘭花も現実世界と同じ顔つきや体格をしている。


 プライベートアカウントでも、それは隠せない。


 ターゲルは犯罪防止のために、必ず現実世界と同じ顔や身体を構築するように、システムを組んでいる。


 名前は知られなくても、顔は全世界に発信されるわけだ。


 アカウント登録が身分証明書みたいなものなので、こそこそ隠すやつは本物の犯罪者ぐらいだった。


 もちろん、偽造アカウントは問題になっている。


 カゲマルがソファに座り、


「ほらみたことでござるか。ダーク・ナイトは、主には合わぬでござるよ。拙者が考えた、モチヅキヨエモンに改名するでござる」


「しねぇよ。てゆーか、誰なんだよ?」


「知らぬでござるか? 島原の乱のときに、幕府で働いていた忍者でござる。平和になって数十年。鍛錬を怠った彼は、城内に忍び込み、落とし穴に落ちた……」


「いや説明はいいって。興味ないから」


 俺は手を前に押さえ込んで、説明をやめさせる。


「むー」と親指を口にくわえ、不服そうな顔つきをするカゲマル。


 お前の忍者豆知識は長いし、わからん。


「しかたないでござるな。ところで、ランラン氏、そなたは、その、あまりホラーゲームを知らなさそうでござるが……」


 カゲマルの目線が、ソファに座り直した蘭花の太ももを凝視。


 メガネのレンズが白く曇り、視線がどこにあるのかわからなくしている。


 忍法『エロ隠れの術』が発動。


 これが、あの、朱雀一路なのだ!


 俺は真実を言いたい気持ちを抑え、


「そういえば、理由を聞いてなかったな。なんでホラーゲームなんて参加したいんだよ? かわいいものなんてまったく出てこない世界だぞ? グロしかないぞ?」


「あら? 理由を言ってませんでした?」


「うん。言おうともしなかった」


「私の態度を見て気づかない?」


「それならテレパシーを送ってくれ」


「私がイベントに参加したのは、男性視聴者を獲得したいからですわ。女性視聴者は定期的に登録してくれるけど、急にチャンネル登録を外しちゃうの。気分屋よね、女って」


「はあ……」と、ため息をつく蘭花。


 お前は信者に好かれるか、悪魔のようにののしられるしかないもんな。


 チャンネル登録数を増やしたいという理由は共感できる。


 蘭花はスカートを手に取り、


「殿方って、こういうゲテモノゲームが大好きでしょ? そこにかれんな美女が舞い降りれば、あらぬ期待を持つに決まってますわ。それにお応えするのが、私の役目ですの」


「ランラン氏。このゲームは逃げゲーと呼ばれるほど、プレーヤーは激しく動くでござるよ。――見えてしまいますぞ?」


「サービスですわ、サービス。しょせん仮想現実。ゲームの世界。現実世界ではないのですから、見えたってかまいませんわ」


「しかし、ネットには『拡散』という脅威の技術があるでござるよ」


「平気よ。ちゃんと映像に暗号化技術を添えつけてるから。この私の美しいお顔だけが、世界中に広まるのですわ」


「おー。ターゲルが開発した、『モザイク技術』でござるな? あれはオプションで有料でござったが、まっ、姫にとっては駄菓子屋のお菓子を買うような、はした金ですな。そのお力、お見それしました」


 頭を下げるカゲマル。


「よいよい。わらわの力を庶民に見せつけてやろうぞ。おーほっほっほっほぉ」


 調子にのるランラン。


 お前たちは、どこの越後屋と悪代官なんだよと、ツッコんでやりたい。


 それなりに目的があるみたいだし、イベントに参加するぐらいだから、ルールはわかってるだろう。


 顔合わせや、自己紹介は終えた。


 さあ、本番だ!


「時間だ。イベントアクセスコードを入力して、会場に向かおう」


 俺はスマートフォンを持ち上げて、動画サイトのアプリを起動させる。


 イベントマークをタップして、アクセスコード入力画面を表示。


 そこに『1192』と入力した。


「チャンネル登録者数増やすわよ!」


「目指せ! トップアドバーチューバーでござる!」


 蘭花、カゲマル、ともに入力は完了したようだ。

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