★ユキナ登場★ かーちゃんとねーちゃん

文字数 2,077文字

「うまそうな果物だぜ! 水も飲めるぞ! さっさとずらかろうぜ!」


 痩せ型の男が、水の入った革の水袋に口をつけて飲んでいる。


 他人が取ってきた果物を食べ、「うめぇ」と見せつけた。


 少女が命をかけて取ってきたものなのに。


「下等種族が人間さまの食べ物を持っていくなんて。盗っ人もたけだけしい」


「離せ……」


「あん?」


「ねーちゃんを離せっ!」


 俺は肉親でもないのに姉と言い、少女を踏みつけている足のふくらはぎにかみついた。


「ぎゃあっ!」


 おもいっきりかんでやったから、男が痛みで横に転ぶ。


「だめよ!」


 エルフの少女が俺を抱きしめて止めた。


 俺の右目の布がとれた。


 少女の瞳には、醜い紫色に腫れた顔面が見えているはずだ。


 ショックを受け離れるかと思ったけど、彼女は逆に俺を強く抱きしめてきた。


「離せよ! みんな殺してやる!」


「やめて! 私はいいの!」


「どうしてだよ!」


「この人たちはお腹をすかせてイライラしているだけ! お願い! 人を恨まないで!」


 少女に強く言われては、俺は怒りを静めるしかなかった。


 感情をぶつけようがない。


「小汚いクソガキどもが! 大人に歯向かうとはなまいきだぞ!」


 かみつかれた男が、怒りながら剣を振り上げていた。


 少女が抱きしめたまま、背中を向けて、俺を剣からかばってくれている。


 目に病気を持ち、高熱で動けない役立たずを。


 逃げることもせず、ほほ笑みながら。


 ――くそっ! くそっ!


 口の中が苦い。


 涙が目ににじむ。


 俺は唇をおもいっきりかんだ。


 意識がもうろうとしてくるなか、「待ちな」と女の声が聞こえた。


 刀の峰で肩をぽんぽんとたたいている。


 背は高いし、髪の毛は真っ赤、ポニーテールにしている。


 細身で胸の谷間を露出させた鎧を着ていた。


「誰だおめぇ?」


 兵士たちが顔をゆがませる。


「私は雇われ傭兵さ。モチヅキって言うんだ」女は近づいてきて、


「弱ってる子供から水と食料を奪うなんて。クズの極みだね」


「なんだと? 下等種族から食べ物と水を取り返してやったんだ! 奪うだなんて失礼だぞ!」


「だ・か・ら。クズだって言ってんの」


「無礼な傭兵風情がっ、ぶへぇ?」


 体格のいい兵士がぶっ飛んだ。跳び蹴りを顔面にくらって。


 モチヅキはすごい脚力を持っていた。


 男は後頭部をレンガの壁に打ち白目をむいた。


「うわわっ! ひいいっ!」


 細身の男は水と食べ物を捨て、全速力で逃げ出す。


 戦う意思すら失ったようだ。


 本能的に女の危険さがわかったのかもしれない。


「崇高な理想を掲げながら、敗戦したとたんああなんだから、嫌になっちまうよ」


 モチヅキは刀を腰につけた鞘に収めてため息をついた。


 筋肉のないスラリとした体格で、どうしてあんな力が出せるのか。


 俺はぽかんとしてしまった。


 女は少女を見下ろし、


「お前たちの名前を聞こうかねぇ」


「あっ、ユキナです」


 エルフの少女の名前を初めて知った。


 モチヅキは俺のほうを向き、


「で。少年の名前は?」


「カンクロウ」


 抱きしめられたせいか、熱が上がってきて意識を失いそうになる。


 モチヅキはユキナから俺を取ると、ひょいと右肩に乗せた。


 ペットみたいな扱いだ。


「かわいい名前じゃないか。どうだい? 私のことをママって言うのなら、ここから助けてやるけど?」


「ママ!」


 ユキナは即行で呼んだ。


 適応はやっ!


「かーちゃん」


 俺も死にたくはないし、とりあえず言っておく。


「よっしゃ! 今日からお前たちは私の息子と娘だ! ついてきな!」


「はい! ママ!」


「ユキナは素直でいい子だねぇ。カンクロウは立派な剣士にしてやるからね。がっはっはっはっ!」


 のっしのっしと、モチヅキに運ばれていく。


 ユキナは笑顔だった。小さな顔にいっぱいあふれている。


 直感でわかった。


 この女は悪いやつじゃない。


 俺たちに危害は加えない。


 安心して眠りに身をゆだねていた。


 俺の高熱が引いていき、体温が安定していく。


 暖かい風がさあっとふれては去っていった。


 ゆらりとひそかな花の香りがする。


「カン君! カン君ってば!」


 女の声が耳に入ってきた。


 俺の名前を呼んでいる。


 どこかおっとりとしていて真剣さが足りない。


 柔らかい青草のような声色。


 眠いから無視する。


「もう、しょうがないわね。えいっ!」


「ぐはぁっ!」


 俺の股間に激しい痛みが走り飛び起きる。


 鼻から液体が漏れた。


 太陽が目の中に入ってくる。


「よかった。やっと起きてくれた」


 結び目をピンクのヘアゴムでハーフアップにした、白い髪の女が笑っていた。


 ユキナだ。


 かーちゃんに助けられたあと、ずっと一緒に住んでいる。


 名前で呼ばず、ねーちゃんと言っているが、違和感はなくなっていた。


 ユキナの格好は軍支給の制服だった。


 女性らしいミニスカートで、自前の黒いタイツをはいている。


 軽装に見えて魔力の糸で作られているので、鎧並みの強度がある。


 姉と呼んでいるが、年齢は俺と同じ二十歳だ。


「ぐおぉぉぉ」


 俺は股間を両手で押さえてもん絶する。


 立てないぐらいのダメージ。


 神はなぜ男にこんな弱点を与えたもうたのか。

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